普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

醍醐味通り越して真髄とさえ言えるかもしれない

お店で飲むことの醍醐味は?と言われて何を思い浮かべるだろうか。

お料理、お酒が美味しかったり、雰囲気を楽しむというのは当然お店で飲むことのメリットであるが、それは家でも頑張ればなんとかなる範囲である。では家では起こり得ないお店で飲むからこその出来事というとなにか。

それはひととの出会いである。それもまったく知らないひととの。要は客同士のからみということになるのだけど、こればかりは家で飲んでいては起こりようがない。そんな出会いが先週末に飲みに行ったときにあったのだ。

飲み仲間と飲みに出かけた店でいつも通りにのんべんだらりと酒を煽っていたところ、隣のテーブル席に中年男女が訪れ、陽気に飲み始めた。男性は相当に気前がよく、店員さん(キッチンとホール各1人)に絶え間なく酒を振る舞っていた。”絶え間なく”というのが喩えでなく、店員さんが杯を乾かす度にすかさず「さ、次を飲みなよ!」といった具合だった。僕が見ていただけでも1人5杯は飲んでた。働いているひとの飲むペースではない。

店員さんもお酒好きそうだし、お店を回すのに問題ある程度でもなさそうだったのでそのこと自体は楽しそうでいいよね、くらいに眺めていたのだけど、僕らも夫妻も程よくお酒がまわってきて自然と隣のテーブル同士会話をするようになっていく。

そんななか、男性(以降おじさん)が僕に話かけてくるたびに「お姉さんはさ〜」と少しの疑いもない様子で僕のことを女性だと思って話しかけてきていた。僕は一般成人男性に比べて非常識に小柄なので体型だけでそう見られることはある。相手はそこそこのおじさんだし、視力も落ちてシルエットだけで判断して話しているんだろうなあとあまり気にしていなかったが、あまりにも女性扱い前提で話が進むので

「いや、僕おじさんですよ」

と、修正したところ、伴侶の不貞を告げられたんじゃないかなというくらいにうろたえ始めた。というか話してたら声とか普通に男性の声だろうし、女性に見紛う要素あるかな…とは思ったが、おじさんいわく声も含めて女性的であるとのことだ。おじさんの女性遍歴どうなってんだ。しかもおじさんだけでなく奥さんも同様のリアクションだったのが驚きに追い討ちをかけた。奥さんに至っては「飼えるわ〜」と聞き捨てならないことを言っていたがそこはあえて流した。

おじさんが何を根拠に絶対の自信を持って僕のことを女性と思って接していたかというと、おじさんは新宿2丁目の常連らしく、そこであらゆるジェンダーの概念に長年にわたって接してきたため、そのあたりの目利きには自信があったとのことだ。ちなみにおじさんはストレートである。

その後もどうしても僕がただのおじさんであることに納得いかないおじさんはついに

「よし、じゃあ今から2丁目に行って君が女性的であることを2丁目のやつらにに聞いてみよう!」

と言い出した。え、なにその展開。ていうか今から?と今度はこちらがうろたえていると

「金は全部出す!タクシーで行くしタクシー代だって当然出すさ」

ますます意外な展開すぎる。その日会った知らないおじさんにお金を全てだしてもらうなんて普段であれば警戒してそれとなく逃げるところであるが、聞けばこのおじさんけっこうな有名企業の社長だか会長らしい。飲んでいる最中も成金感なくナチュラルに奢っていたし、なんだかよくわからないけど僕らのテーブルに焼酎ボトルを入れてくれるわあげくお会計までもってくれての大判振る舞いだったのだ。こいつぁ本物だ。この後のお会計もすべてもってくれたけどなんか無限に万札が挟まってる魔法のマネークリップを持っていた。

こうして新宿2丁目に向かう我らが一行。たどり着いたのは雑居ビルにあるゲイバーだった。僕はゲイバーに行ったのは初めてだったのだけど、この日はちょうどイベントかなにかの日だったらしく、めちゃくちゃひとが入っていて、盛り上がりに盛り上がっていた。HUBかと思った。HUBも行ったことないけど。そういえばフレディマーキュリーが来日のたびに訪れていたというお店らしいので老舗かつ由緒正しいのだろう。

混んでいるのであまり店員さんと話せる機会がなかったけれども、隙を見て数名の店員さんにおじさんが「ねえ、このひとどっちに見える?」と聞きまくっていた。その答えは全員が「うん、女性に見えるね」だったけど、あれ絶対におじさんという太客への忖度だったんじゃないかなと踏んでいる。本場のプロから見たら僕なんぞ箸にも棒にも引っかからないと思うし。

自分の求める答えが得られておじさんは大満足。なんか高いシャンパンを入れていたのでついで飲ませてもらった。この時点で僕はもう結構酔っていたの味とかほとんどわかっていなかったけど。

その後、大盛り上がりのイベントが開催されている店内ではいまいち落ち着かないという話になり、おじさんの別のいきつけの店へ。そこは雑居ビルの1室でわりとイメージするゲイバーという雰囲気だった。ゴールデン街のお店よりはよほど健全で1軒目より店員さんもまったりめでゆるく過ごせた。

ここでもおじさんは「どっち?」の質問をしたのだけど答えはやはり女性判定。おじさんの影響力たるやである。僕もなぜそこまでおじさんの影響力に全振りした答えと思っているかと言うと、僕は2丁目界隈で人気のでるタイプではなく、おじさんなしであればその質問に対してのひといじりが絶対にあると思うからである。

もうこのあたりになると会話の細かい内容などはあまり覚えていないのだけど、なんだか楽しかったのは覚えている。

結局、その後またタクシーに乗り、元いた街のあたりまで戻って飲み直そうとしたところで僕はタイムアップ。帰路についた。

冒頭で述べたお店で飲むことの醍醐味としての出会い、これほど濃厚に味わったのは久しぶりだった。しかも出会うタイプの中でも相当にレアなタイプのひとと出会ったといえる。ああいう場の出会いというのはお互いの仕事とか立場とかってあまり聞くものではないけど、おじさんはあまりにピーキーな存在だったため次があったらついつい聞いてしまいそうだなあ。

ここまでに出会いがあると醍醐味通り越して真髄とさえ言えるかもしれない。

適当な写真がないのでいつか飲んだテキーラ写真でも。