普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

5万年後のディストピアへ。自分の楽曲がAIの養分になる

昨日は平日だというのにめちゃくちゃ夜更かししてしまった。今日の朝起きた瞬間に「今日の透析中は寝倒したい…!」と思ったほどには睡眠不足であった。

なんでそんなことになったかというと、音楽生成AIのSUNOをいじり倒していたからだ。いくつかのプロンプトを打ち込めばものの1分未満で完成度の高い曲を吐き出してくれる。しかもフルアレンジ、要は演奏付きの楽曲を、である。はっきり言って異常事態とまでいえる技術だと思う。

ただ、プロンプトを入れて「作曲する」ボタンを押して出てくる曲たちは、好みのワードを入力してweb検索してたまたま検索結果として表示されたものというニュアンスが強いように思う。最初から頭の中に確固たる完成イメージがあって、がっちがちに細かいプロンプトを入力したうえで辿り着いた1曲であれば「作曲したな」になるけれども、「じゃあなんかこんな感じでやってみて」で偶然差し出されたちょっと好みの曲であるとそれをさすがに作曲とは呼べないのでは、というのが個人的な感想だ。

まあ、これは自分が元々曲を作ったりするから作曲ってそんなんじゃないだろうという固定観念があるからそう思うというのはあるだろう。そもそも「作った」じゃなく「作ってもらった」だし。ただ、最終的に曲の良し悪しというか、制作物のOKのラインを決めるのは自分なわけで、そこには審美眼というかセンスが必要になってくるのは違いない。そう考えると曲そのものを作っているというよりもプロデューサーっぽい立場のような気がする。

いずれにせよ最高のおもちゃを手に入れてしまったという事実に変わりはなく、夜更かしがいよいよキツくなってきた中年であるにもかかわらずその面白さに自制がきかなくなってしまた次第。

ちなみに、作曲AIを使ってみようと思ったのはAIで既存の曲をカヴァーしたものを聞いたのがきっかけで、どうもそれらはSUNOで生成されていると知ったからである。HELLOWEEN(メタル)を80年代アイドルソング風にしてやろうかなとアップロード機能にて曲のアップロードをしようとしたところ、著作権のある既存曲はアップロードできないとの由。じゃあどうやってあれらのカヴァーやってるんだろうなと思ったら、どうも抜け道はある模様。ただ、一手間かかるようなので手っ取り早くカヴァー機能を試したいなと過去に自分が関わったバンドの曲で試してみることにした。これなら著作権問題ない。

そしたらもう…おもろくておもろくて。一生やってられるんじゃないかというくらいに止まらなかった。前述の自制がきかなくなった真の原因はここ。

元の曲を切って貼ってカヴァーアレンジするとかではなく、AIにより演奏しなおされて再構築されたものが仕上がってくるのだ。かつて自分が弾いたギターフレーズがAIによりミスなく高音質で演奏され、ピッチが不安定だったボーカルが完全なピッチで歌い上げる。こういっちゃなんだけど、野暮ったかった過去の音源が洗練されまくって生まれ変わるのである。

ただ、元曲の意図的に意識して作り出していた静と動のパートの再現が難しかったり、構成がなんか若干雑にされたりとかの感じはある。作曲モードだと自分がプロデューサーという立場だったけど、自分の曲カヴァーモードだとAIプロデューサーにより「このアレンジダメよ、こっちこっち」とアレンジを変えられてしまっているようで立場が逆転している。気に入ってる箇所を変えられちゃってちょっとムッとしちゃったりね。

あんま文字ばっかで書いててもいまいちピンとこないと思うので実例を示しておくと、

これが

こうなるわけなんですな。

ボーカルはフルAIなのでところどころ日本語おかしいけど、歌詞も指定できて、手直しすればちゃんとしてくる。これは他の曲で実証済み。なぜそっちをアップしないかというと僕の一存ではアップするのもどうかなーという感じの曲だから。逆にいうと上記の曲は大丈夫という話です。
両方聞いてもらったひとにはわかると思うけど、AIカヴァーのイントロのギターの煌びやかさったら。あたしあんなに弾けませんよ。一方で、ところどころギターアレンジはふわっとなってたりする。たぶん解析度の問題なんじゃないかと思うけど。ひいては元トラックの音質の問題ともいえる。
これなんかは原曲に忠実な方だと思うけど、何も指示なしでカヴァー依頼出すとパートまるまるばっさりカットされるケースもままある。ぐぬぬ…AIプロデューサーめ。この曲だと元曲のアウトロがけっこう好きだったりするのだけど、そんなものさも最初からなかったようにあっさり曲が終わっている。こういうとこあるんだよな、このP。
まだまだ遊べるなという感じ。たぶん、自分の楽曲を食わせているのが他のひとの楽曲のアレンジの養分になっているんじゃないかなと思うけど、それはまた逆も然りなわけで、5万年後くらいには何やっても全部同じ曲が出来上がる究極のディストピアが出来上がっているかもしれない。

謎のレイアウトのDAWデスク(AI生成)
 

楽しい以外は忘れちゃうと次の日楽しくないことになる

昨日はすでに閉店してしまったかつての行きつけのお店が間借りで当時を再現する特別な日だった。そういう日に来店するくらいだからお客さんは当時の常連ばかり。必然的に顔を知っているひとが揃う。ここ最近新しくひとと知り合うことがめっきりなくなってしまったけど、意外に知り合いって多いものだなと自分で感心してしまった。昭和の飲みニケーション的交流も捨てたもんじゃないよなと思う。と思うのは僕が限界酒飲みだからなのだろうけど。

そんな特別な日なのだからさぞかし有意義で楽しい話をしたのだろうと思われるだろうが、何を話したのか全然覚えていない。飲みすぎて記憶がないとかではなく、純粋に中身のない話をしていたからである。ただ、楽しかったということだけは揺るぎなく心に刻み付けられている。

これ。これなのよ。これがやりたいわけ。酔っ払いの与太話という世の中でもランキング上位に位置付けられる不毛さが当たり前に存在する時間を過ごせるという贅沢さ。これが最近の僕の生活に足りていなかった。久しぶりにそんな非生産的でありながら愛すべきひとときを過ごしたのだった。

素敵な時間を提供してくれた元店主と出かけさせてくれた妻子に感謝。

名物メニューのハンバーグ

 

明けて本日。目覚めてみると若干の二日酔い。飲み過ぎて記憶なくなったわけじゃないとか言っていたけどしっかり飲み過ぎである。記憶が曖昧なのもそのせいなのではとじわじわ思ったりもしたが、楽しんだ時間を冒涜するような無粋な真似は避け、不毛さの美徳の余韻を堪能した。

とは言いつつ、平日の二日酔い自体けっこう久しぶりで、在宅勤務で仕事は始めてみたものの、いまいちノってこない。この状態ってこんなどうにもならんもんだっけと思い返してみたら、平日にガッツリ呑んだりしていたのってもうコロナ前だったりしたわけで、そうなると5年、6年は前になる。そう、これは老い。明確に加齢により無理がきかない身体になっているという衝撃。

老いという現実に魂を揺さぶられながらもぼちぼちで仕事をしお昼の時間に。こんな日はしっかり食べて二日酔いにおいとましていただかなければ。かといって、この状態では通常の量を胃に収めることが難しそうだ。そう思い久々の松屋でのテイクアウトとし、気にはなっていたけどタイミングが難しくて食べていなかった鶏のバター醤油炒めなるものをオーダー。

見るからに濃そう

これがにんにくがすごかった。もちろんおいしいのだけど、ひとと会う前に食べたりしたら「あ、このひとはそういうひとなんだな」と何かしらの配慮が足りないひと認定をされそうなほどににんにく。食べたあとにケアなしでコンビニで買い物などしようものならもう店員さんの中であだ名は「にんにくにいさん」である。

それくらいのピーキーな食べ物であったがひとに会う予定もないので威勢よくにんにくに染まった。この遠慮のなさが松屋の真骨頂だよなと思う。結果、にんにくのおかげか午後は安定を取り戻しひとまず今日やらなければならないことは片付いた。

そして、現在透析中であるのだけど、血がにんにくの臭いしそう🧄

 

 

休日の早起きはあらゆる行動の免罪符

週末は子の通う保育園の懇談会があった。朝9時からということで週末であることを考えるとまあまあ早い時間。もっとゆっくりだと助かるよなーと思ったものの、そこに合わせて行動すれば懇談会終わりはフリーなわけで、だらだら過ごしてしまいがちな週末午前中を非常に有意義に過ごせた。むしろ早い時間でありがたかったまである。

病院に行ったりなどの用事を済ませてもまだ余裕で午前中。そんじゃあアイスでもいっちゃいますかと散歩がてら、近所のジェラート屋へ。ジェラート屋とか気取ったこと言ってアイス屋だろう、なにすかしとるんかと自分でも思うが、正式名称はジェラテリアらしい。巣鴨のマクドナルドでメニューのナゲットにテプラで「鳥の唐揚げ」と貼ってあるのを見たことがあるが、自分もそっち側に到達しつつある。

お日柄もよくジェラート日和だった。

その後、野菜×パンという組み合わせの妙によるうれしいおいしさのパンを買い、

左からカプレーゼ、さつまいもハニーバター、パクチーのペペロンチーノ風

そのうえお昼ご飯がてらランチを提供しているお魚系の居酒屋に入りおビールをキメるなどし、優勝すぎる時間を過ごした。居酒屋のお通しが湯豆腐で一瞬ひるんだが、だしが優し過ぎてすぐにその優しさに甘えて胃におさまってもらった。旅館の朝ごはんみたいに固形燃料で温めて提供されるスタイルで、席ごとに固形燃料を使うってコスパどうなんだろうと思ったけれども、考えてみればカット豆腐2切れに数百円支払っているわけなのでいらん心配だった。

おいしいんでいいんですけどね

妻子はきちんとご飯を食べて、僕は軽飲みできて満足しきり。帰路についた。帰宅時点でまだ15時前なのだから最高すぎる。懇談会の時間が早くて微妙なんて言ってた奴の首根っこ捕まえて謝辞を述べさせるべきである。いやほんと早い時間から行動させていただいてありがとうございます。

こうして過ごした時間を書き留めてみると、散歩の距離感に観光レベルの環境があって休日の過ごし方が捗る。これぞ東京の本領発揮だ。地方出身者の僕は特にそう思う。

このまま子を昼寝させせてその間に自分はゲームでも、と思っていたのに子とともにまんまと昼寝。昼寝にしては本気すぎる眠りっぷりを発揮してしまった。何もしていないままの日だったら後悔してしまうところだけれども、なんと言ってもこの日は午前早い時間から行動していたという免罪符がある。その符により免罪しまくり夜はバーガーキングキメるという図々しさをもって週末素敵時間を彩った。やりたい放題がすぎる。

休日の午前中から行動していただけでこれだけドヤ顔できるのだから我ながらハードルの低い人生を送っているなと思うけど、だからこそわりと機嫌良く過ごせているなと思う部分もある。

「コレワタシノ?」そうだよ。ピザに対してのライスがな

出社の日。いつもより数分家を早く出てみた。当然のことながら駅に数分早くついて、いつもより少しだけ早く改札を抜けることになる。ホームへのエレベーターに乗ろうとしたら扉が閉まりそうなところをすんでのところでこじあけ乗り込んだ。そしたら中に骨付き肉しか食べなそうなごっつい外国人が乗っており、舌打ちされてしまった。

せっかく早く家を出たのだからエレベーターを待つ間を惜しんで無理やりホームに早く着いてみたけど、電車はまったく来ず、早く来た分待つだけの結果に。舌打ちされ損だ。これなら朝の数分、家で優雅に過ごしていたらよかったかもしれない。朝は数分余裕があるかだけでブルジョワと貧民くらいに優雅さに差が出る。そういう意味で言ったらこの日の僕はブルジョワだったと言えるだろう。舌打ちされちゃってるけど。

まあそんな気にしてもしょうもない話なので、気にせず電車を待ってけっきょくいつもの時間の電車に乗車。時期的なものなのか、いつもよりもひとが多い気がする。でも時期の影響だとすると、この春からの新生活勢が電車に乗っているからということになるわけだけれど、時期が変わってひとが減る理由もよくわからないな。GW過ぎにみんな仕事とか学校とか嫌になっちゃってやめちゃうとかかな。それか今はまだ少し余裕をもって早めに行動しているけど、慣れでもっと時間が後ろ倒しになっていくとかかもしれない。後者だとしたらなんか初々しくてよいなとか思ってしまう。

仕事はここのところ気が乗らなくて停滞していた仕事を一大決心のもと片付けるムーヴをかます。状況を静観しているだけではおそらく事態は悪化し、いらん小言を浴びせられることになる。そうなる前にえいやと重い腰をあげた。そのおかげで気持ちが晴れやかだし、なんか仕事してるなって気持ちになった。自分で言うのもなんだけど、1度動き始めちゃえばその勢いでけっこうやれちゃうみたいなところがあるんだよな。これから起こるあれこを想像して先回りして面倒くさくなっちゃって動き出すまでの腰がパンパンに本を詰めた段ボール箱くらいに重いわけだけれども。

そんなことなのでいつもよりも若干の気持ちの昂りを抱えたまま迎えたお昼の時間。ここのところ数ヶ月レベルでうっすらずっと「サイゼに行きたいな」と思っていたぬる燗くらいの温度感の思いをついに実行にうつす。今日は思ったらなんでもやる日。

サイゼへ到着。席を通されメニューを見ていると、ランチメニューがある。

ランチにするかねえ。どれ、裏側もみてみようかな

ランチメニューはペラいちで、裏面も確認してみるとかと思ってみてみたらなんとまさかのまったく同じ印刷が施されている。印刷がないとか違うことが書かれているとばかり思っていたので謎に面食らってしまった。もしかしてこれがサイゼの今の間違い探しなのでは…?と、訝しんだりもしたが当然違った。両面印刷、店員さんが混雑時に素早くメニューを設置するのに便利だったりするんだろうか。

サイゼは僕にとってハンバーグ屋なので速やかにバーグをオーダー。その待ち時間、2つ隣の席に初老の外国人男性が案内され、手際よく日本語でオーダーをしていた。その内容はきのこのピザ、辛味チキン、赤ワインデカンタ、あとライス。

え!?ライス?ピザと?いや別にいいとは思うけど、健啖な方だなあ。そしてお国がどこかはわからないけど、絶対に郷里じゃピザとライスを組み合わせないだろうから、日本にきてその食べ方をするようになったんだろうな〜。そもそもどうやって食べるんだろ。ピザにライス乗っけちゃったりするのかな、などとあれこれ思いを巡らせているうちに紳士のオーダーが到着。きちんと発注通りの品々がテーブルに並んだわけだけれど、何やら紳士が困惑している。そして呼び出しボタンで店員さんを呼び出し開口一番

「コレワタシノ?」

ライスを指差しそう言った。店員さんはきょとんである。僕だってきょとんだ。そりゃそうよ、さっき絶対に紳士、ライス頼んでたもの。でもやっぱりピザとライスを一緒に食べるなんてアバンギャルド食いをするわけではなかったということか。平日昼のサイゼに一波乱起こるところが凪に戻って行った。

それにしても朝といいお昼といい今日は外国人づいているな。タイプのまったく違いながらも二人とも日本の暮らしに慣れてそうでそういのって本当にすごいなと思う。僕だったら日本以外の国に住んで、飲食店に入って昼から酒飲もうなんて思わないかもしれないな、ビビりすぎて。それでも海外って一度は行っておいた方がよいのかな、なんてここ5年くらい悩んでいる。

僕はサイゼのスマホオーダー賛成派ですけどね

 

 

人生の中休みのような日、だからこそ書き留める

火曜日は本来出社の日なのだけど、昨日は急遽休みをとっていた。それというのも子が体調不良により保育園にいけないことになってしまったため、家で過ごす必要が出たためだ。

体調不良とはいっても熱はなく、その原因はどうも胃腸炎であるとの由。ふだん熱が出ても吐くことのない子が、いきなり吐き戻すなどしたものだからめちゃくちゃ動揺した。そして慌てて吐瀉物を咄嗟に処理したけど、感染ったりしなくてよかった。

そんなことではあったけど、昨日に関してはだいぶ体調も戻っていて、本当に様子見だけの1日となっていたので、家のことをやりつつ子とのんびり過ごせたと思えたら悪くもない休みだったかなと。ただ、天気が悪かったのが悔やまれる。というか前回といい今回といい、天気の話ばっかりしてるな。いやでもね、月曜(仕事だった)はめちゃくちゃ天気がよくて穏やかな1日だったので、せっかくだから昨日だってそんな1日であって欲しかったいう話なわけですよ。世の中そんなもんっちゃそんなもんだけれども。

午前は雨が降ったりもしていたけど、午後には少し天気も回復してきて、子もわりと元気なものだから、連れ回すような真似はできないながらも、少し散歩くらいならと思い子へ散歩の打診をするも豪速球の「やだ」で心をへし折られる。

折られた心をなんとか立て直し、今度は買い物にでも行こうじゃないかとおうかがいを立てるも曇りなき眼で「行かない」と断られた。エマージェンシー。父の心はエマージェンシーです。

買い物にも行けないので清々しいまでの素ラーメンがお昼ご飯。(子にはちゃんとしたもの食べさせてますよ)

ふてくされて(※僕が)「もうゲームやっていいすか?」と聞いたら「いいよ」との答え。本当にやっちゃうんだからなとゲームを始めたら隣でゲームを眺めおとなしくすごしていた。なんだかんだとまだ本調子じゃなくて外よりおうち気分だったのかもしれない。そして、そのうち膝の上を陣取り、お昼寝タイムに移行していった。いよいよ本格的に外に行くどころではない状態になってしまったな。

ここまで1歩も外に出ていない。休みの日なのに。休んだ目的を考えればそらそうでしょの話でしかないのだけど、なまじ子が元気なだけにこれでよいのかという思いが沸き起こってしまう。そんな釈然としない気持ちを払拭できないまま子は起き、妻、帰宅。

もう今日はいいか。そんな日もあるよねと気持ちを切り替えて晩酌を開始。おいおまえさんなに飲んでんだって話ですけれども、せめてこれくらいは許して欲しい所存でございますよ。量も控えたし。

そして、このまま休日が終わってしまうのももったいないかなと妻子が寝たあとはアニメ鑑賞の時間とすることで「何かやった感」を稼いだ。ちなみに見たのはシュタインズゲート。ここ最近晩酌がてら見ていたりするのだけど、お酒のせいでどこまで見たかわからなくなって同じところを何度も見ている。ダルとゆきさんのデート何回見たんだろう。

でもこの日はシュタゲもやっと同じところを見るループから抜け出して、子も最終的には食欲もまあまあ戻ったし、これも休みの日だったおかげっす。そう思いたい。まあ人生の中休みみたいな日というか。意外とこんな日が後で懐かしさとともに思い出されるのかもなーなんて思ったけど、僕の記憶力は本当に信用ならんので書き留めておいた次第です。

 

晴れとそれ以外、100点とそれ以外

時期としてはイレギュラーながらも妻の実家に帰省をしていた。何やら妻の実家近所で桜の時期に開催される桜まつりなるものがあるということでの来訪。

今年はあまり桜を堪能できていないなと思ってのお祭りへの緊急参戦であったが、帰省の道中はもう桜とかいいからというレベルで雨が降りしきっており、「本当に祭りが開催されるんか…」とナチュラルに思うほどの悪天候であった。

とは言いつつも、いちおう天気予報はチェックしていて、土曜はまる1日雨、日曜はギリで雨は降らないとの予報。最近の天気予報は中世であればその的中率に慄き魔女裁判にかけられかねないない程度には高精度であると言える。大丈夫なんだろうけど、とは思いつつ、それでも天気の回復を疑うほどにそれどころではない悪天候であった。

明けて日曜。雨は止み、祭りの開催には問題ない天気にはなったが、鈍色の曇天。気温としては半袖で過ごせるほどに暖かく、加算ポイントを稼いではいたが、晴れという絶対的な100点に届くことはなく”100点とそれ以外”の天気となった。

それでも雨が降るより何百倍もマシなので、揚々とお祭りへ。開催地の公園はお正月の帰省のときも訪れていて、そのときは公園内にいる全員を数えても僕ら含めて10人以下しかひとがいないだろうなというひっそりぶりであったが、この日は平日午前中の歌舞伎町くらいの人口密度で実にちょうど良い盛況ぶりであった。これ以上だと混みすぎで嫌になっちゃうけど、これ以下だと寂しいよね、くらいの感じ。

肝心の桜はとても良い塩梅で、「これで天気が良ければなあ…」と思わずにはいられないほどの開花ぶりであった。

頑張ってレタッチとかしてみたけど、何をどうしても晴れの映えには敵わない曇天。

そして、「桜が良い塩梅」と開花の時期の近い2種の花を一文の中に使うと紛らわしいなという知見を得たことをお知らせしておこうと思います。

もうちょっと頑張ってこれ。本当に晴れてさえいれば…

最終的に曇り空ではありながらもうっすーく日が差しそうな雰囲気にはなり、かなり善戦したけど、やっぱり曇りは曇りということで曇り氏の実力の限界を感じさせる結果となった。

お気づきの方もおられるかとは思うけれども、さっきから桜まつりに行ったというのに天気の話しかしていない。これが社会人同士の会話であったら「このひと、よくしゃべる割には話題に乏しいな…」という薄っぺらさである。とりあえず天気の話題から入ってそこから抜け出せないまま会話が終わってしまうあれ。まさに今日の記事はそんな体たらくとなってしまった。

いやでも本当に良い桜まつりだったんですよ。それでも天気のこと触れずにはいられないというね、それくらいに晴れと桜は魅力的でありお日様を渇望していたのですよ、と言い訳をし来年こそは良きお日柄になることを祈ろうと思う。

やっぱりこれくらいすかっとしたい。(別日で撮った近所の桜)

うっきうきの初めて気分にマジレスしてくる文明の利器

木曜。年度が変わって初の出社。フロアのボスが変わったのでひとまず挨拶をする。なんだか今までのボスと見た目のキャラというか、テイストが異なるひとがボスとなったようだ。全体的に若々しさを感じる。これが吉と出るのか凶と出るのかわからないけれども、何か職場の意図がそこにあるのかもしれないなと邪推してみるなどした。

朝からの危うい天気も回復したお昼休み。久しぶりにお昼ご飯を新規開拓しようとうふだん行かないラーメン屋に行ってみることとした。ネットで検索し、狙いを定め出発。寒くも暑くもないこの時期はお昼ご飯新規開拓に最も適した時期と言えるだろう。

程なく到着。どうもつけ麺がおすすめのお店のようだけど、空気を読まずにラーメンをオーダー。麺待ちの時間に家計簿をつけようとアプリを開き、店の名前を打ち込んだところ、初めてきたはずの今いるお店が候補としてサジェストされた。

その店名から「あ!このお店、前に別店舗で食べたことあるやつだ!」と気づく。まじか。めちゃくちゃ張り切って新規開拓したつもりだったのに、既知のラーメンだったとは。敗北…

というかお店を検索した時点で1ミリもピンときてなかったのが自分でもすごいと思う。前回、別店舗とはいえ来店したときに心を揺さぶらなかったということになってしまうのではないだろうか。大丈夫か、今日のお昼ご飯。

そんな不安を胸に提供されたラーメンがこちら。

魚介豚骨

と、見せかけてこれは前回来店時のもの。今回のがこれ。

おお、同じだ。

誰へのフェイントなんだかまったく解せないでしょうが、おめおめと同じお店に行ってしまったという自分への思いの供養とでも思っていただければ。そして、行ったことのあるはずのラーメンは初めて食べたかのように新鮮な気持ちで食べられた。たぶん家計簿アプリつけてなければ初めてと思って食べただろう。ということはこれは準初めてということで、お昼ご飯としては新規開拓成功としてよいのでは?などとも思ったが、準初めて、それを世間は2度目という。やはり敗北である。おいしかったけど。

それにしてもこの状況、男性諸氏にしか伝わらないかもしれない書き方をすると、うっきうきで借りてきたDVDをいざ再生してみたらレジューム機能発動で「あ!これ前借りたことあるやつだ…!」となるあれである。文明により先ほどまでの期待感を霧散させたあの悲しみ。家計簿アプリによってそれが引き起こされたのだ。文明とは時に無粋なものである。

初めて探しということであれば惨敗であるが、おいしいもの食べようの回でいえば圧倒的勝利となったお昼ご飯。釈然としないながらも幸福感の余韻を残しつつ午後の仕事をこなし帰宅した。

探せばいくらでも新規のお昼ご飯のお店なんて行きつきそうな気がするけど、好みっぽいところを訪ね行くと結局行ったようなお店になってしまうというのはある意味では自分の好みに一貫性があると言えることなのかもしれない。こういう感じで自分に甘くやってこうかと思います。