普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

もしかしたら一番の弱点は眠気かもしれない

昨日飲みすぎたわけでもなく、睡眠時間がそこまで短かったわけではないのに今日はありえないほどに眠かった。とりあえず起き上がって仕事を始める報告はしたものの全く眠気が拭えない。なんならちょっと意識飛んでいたかもしれない。かもしれないとかぼやかしちゃったけど飛んでました。いかんいかん。

そうは言っても一応業務時間なのでめちゃくちゃ牛歩で仕事を進める。午前中まるまるつかって多分1時間あれば終わるようなことをやっていたのではないかと思う。ぎりぎりのところでサボり判定が下される内容ではあったが、心に「午後から頑張ろう…!」の精神は心に宿していたのでお目こぼしいただくことを強く希望したいところ。

そもそもの話になってしまうのだけど、僕はエンジンがかかるのがものすごく遅い。勤務時間の半分を過ぎたあたりから調子が出てくるのだ。これは今の仕事に限ったことではなく昔からそう。なんなら仕事だけではなく、生活の全般こういった傾向があるかもしれない。朝活とか絶対に無理なタイプだ。その代わりに残業するのかと言われれば定時ダッシュ常習なのでただ単に怠惰であることは否めない。ほんの少しフォローしておくと時間内にやらなければいけない仕事はきちんと終わらせているというのは大前提だ。さすがの僕でも仕事を積み残したまま逃げるようなことはしない。

抜群の朝の弱さを遺憾無く発揮し、こんな日もあるやなーとずるりとお昼ご飯を食べることとする。今日は妻も在宅勤務であったので希望を尋ねたところ、コロッケを所望とのこと。コロッケってあんまりお昼ご飯で食べることがないなと思い、買いに走ることとする。妻がそう希望したわけではないが、個人的にお肉屋さんのコロッケが食べたいと思い最寄りの肉屋に行ってみるもお盆休業であった。ほんと、こういうの多いんだよな、僕は。近所にカレー屋があったのでカレー買って帰っちゃおうかなと思うも、もうお腹がコロッケだったので意地で少し遠出してとんかつのさぼてんでコロッケを含め諸々購入。なんかもういろいろブレてきてしまっているけどおなかも空いているし予定と違うものを買って行ったら昼食の場が燃える可能性があるので"コロッケを買った"という結果重視でいこうじゃないか。おかげで昼食は平和だった。

さて、お昼ご飯も食べたことだし「午後から頑張る」を実行するかとデスクに向かって仕事を始めようとするも、なんだかPCの挙動がおかしい。ありとあらゆるアイコンがクリックできなくなっていて、閉じているはずのアプリケーションが開いた表示になっている。何度再起動しても改善される様子はなく、段々と「仕事、今日はもういいですかね?」という気持ちが強くなってきたところでほんのわずかな社会性をもって電源を落としてしまうことだけは堪えた。

ただ、トラブル時の連絡先というのは会社のサイトに掲載されているのでこの状態では確認できない。出社しているひとに電話し、確認をしてもらって手元の紙にペンでメモった。結局トラブルに対する対応は最終的にはアナログに近いものになっていくのかもしれない。

サポートに電話をし、状況を説明したところ「なるほど…うん、なるほど…」と答えてくれはするものの、その「なるほど」がわかっていないひとの「なるほど」にしか聞こえず不安を煽られることとなる。いるじゃないですか、そういうとりあえずなるほどって言って場をもたすみたいなひと。そういう感じがサポートから感じられたのだ。

結果、なんだか裏口の真のシャットダウンみたいなことをして少し待って起動してくださいという至極シンプルな対処で終わった。わかっているひとの方の「なるほど」だったか。家で働くようになってこれほど分かりやすいトラブルは初めてだったのでことなきを得て安心だ。

そこからはいちおう真面目に仕事をし、定時になった瞬間に仕事を切り上げ透析に至っている。

今日はまごうことなき日記スタイルでお届けしております。

淡々とあったことを書いただけになってしまったので今日いちばん心が動いたことでもひとつご報告しておきましょうか。ネットニュースで見かけた安倍元総理の国葬で国民の黙祷を検討しているというのが大変に心動かされました。

世の中不思議な考え方ってあるものだなってことでまた次回✋

本文となにも関係のない偽物っぽい路上植物(本物)



 

 

 

勘弁して欲しいポストの隙間問題

いきなりすみません

これを見てどう思うだろうか。もしかしたら大抵のひとは気にならないかもしれない。でも僕からしたら大問題なのだ。

まず、前提として僕は虫が普く嫌いである。家に出没しようものなら退治するまで討伐行為以外の行動をとることができない。虫が何か罪を犯したかと言われればそんなことはないが、僕の前に現れたの運の尽きと思ってもらうしかない。

この写真には罪のない虫どもが無慈悲に屠られる可能性を助長することとなる現象がおさめられているのだ。それはどこだかわかるだろうか。

そう、ポスティングされた印刷物の横の隙間だ。

これが本当に勘弁して欲しい。この隙間、絶対に侵入経路になり得る。僕は蚊とか小蝿的な羽虫系でさえ本当に勘弁して欲しいと思っているのだけど、この隙間は絶対にアレを通すだけのスペースは確保されているだろう。アレとはなにか?アレったらアレですよ。ゴ…、ゴ…、g…

かーっ!文字にするのもおぞましい。そのソレですよ、ソレ。わかってらっしゃるでしょう。夏は大好きだけど、そのソレに遭遇する可能性が格段に上昇するのだけが夏の悩みどころだ。できるだけ遭遇する可能性は下げたい。なので生ゴミとかきちんと処理しているつもりだし、窓も無防備に開けるようなことは絶対にしない。なのに。なのにですよ。僕の知らないところでヤツらの侵入経路を勝手にこさえられてしまっているのだからたまったものではない。

たまに「チラシお断り!」と注意書きのあるポストを見かけるが、僕はチラシ自体は別に入れてもらって構わないので「隙間お断り!全挿しで!」と注意喚起しようかと結構本気で考えたほどだ。普段「チラシお断り」を見てちょっとこの家のひと、面倒そうだなと思ってしまったりしているので隙間を作るなというよくわからない要求をしているのはもはやなんかちょっと危ないひとって思われるのではと思ったので行動に移すのは控えた。郵便物を届けてもらうひとにまでいらない緊張感を与えるものではない。

今は全ての虫という虫に対して憎悪と嫌悪感しかないが、子供のころはスター選手的虫であれば愛でるなどすることはあった。カブトムシとかクワガタとかね。それがなぜここまで嫌悪するようになったのかといえば、明確な理由があり、感情が切り替わったそのタイミングを今でもよく覚えている。

それは夏の日。姉の漕ぐ自転車で二人乗りをし、街路樹が立ち並ぶ歩道を駆け抜けているときだった。何か肩に違和感を感じたので、その違和感の出どころを確かめたところ、めちゃくちゃでかいマダラカミキリが鎮座していたのである。あれは確実に目があった。カミキリったらすれすれのところであのアレと同じようなフォルムの虫である。それが肩ですよ。ゼロ距離。男女ならエロい距離。よーく見えちゃうわけですな、造形が。もうどうしていいかわからなかったのでとりあえず走行中の自転車から飛び降りた。そして触りたくもないからくねくね変な感じでカミキリ氏に退場願った。あれは本当に怖かったし気持ち悪かった。

それ以来虫という虫すべてを憎むようになったのだった。カブトムシ?はん、色艶、形、がアレ(G)と一緒じゃん。硬くなったアレでしょう。まずその腹はなんだ。その節。見てらんないよ。という具合にもはや因縁レベルでその虫を嫌悪するようになった。書いてて思ったのだけど、「硬くなったアレ」という言葉にそこはかとない下ネタ感があるけどそこは見逃してください。

年齢を重ねれば重ねるほどに虫と遭遇する機会は低下していき、たまにしか見ないものだから余計に苦手意識が高まるという負のスパイラルに陥っているような気がする。だからこそ冒頭の写真の隙間のようないらぬ遭遇の可能性を上昇させる隙間は勘弁願いたいというわけである。これ、気にしすぎなんでしょうかね。というかそもそもそんなところから入ってこないでしょうとか言われちゃったらなんかものすごく恥ずかしいのでこのへんにしときます。

 

かわいいもの好きおじさん参上

このツイート、ものっすごくよくわかる。僕は40歳を過ぎた中年男性であるし、性自認は混じりっ気なしの男性であるが、可愛くありたさというものは持っている自覚がある。なんなら世間で評判のイケメン俳優などよりもかわいらしい女性の方が憧れる。

この感情、たぶんここ数年で強くなっている気がする。自分が中年男性となることで可愛い存在との乖離が生まれ、それにより強い憧憬の念を抱くようになっているのだろうか。実際服や持ち物について目にした瞬間「可愛い!」と思ったものをチョイスしているように思う。でもそれは別に悪いことではないし、似合ってればいいじゃないかという話なので個人的にはひとに何を言われてもそんなに気にならない。

ただ、このツイートでもあるように、こういった考えの人間がいるということを1ミリも理解できない、しようとしない、ひどいひとだとこちらの考えが間違っているかのように非難してくるひとすらいる。

非難とまではいかないが、職場にもそういったひとがおり、僕の服装やらをイジってきたりする。僕は前述の通りあまり気にしていないのだけど、全然理解できないものなのだなあと逆に不思議に思っていたりするのだ。緑のコート、かわいいのに。単純にそのひとはファッションとか、おしゃれに興味がないだけなのかもしれないけれども。

そういえばそのひと、”男は男らしく”の考えがものすごく強いひとのようで会話の端々に男たるものという考えが見え隠れする。奥さんへの接し方などでもその考えは顕れているようだ。ただ、奥さんはその考えを受け入れているようなので結局はどうあるべきかというよりは相性の良いひとと折り合いつけて行ければそれで良いということになるのだろうな。僕ら夫婦も男らしさとか女らしさにこだわるよりもそのひとらしさ重視みたいなところがある。

一応フォローしておくとこの男気さんはその考えに基づき”女性は男性が守るもの”という行動理念があるようなので頼り強さを感じることができると思う。僕にはそういうの一切ないからな。やはりお相手との相性次第だろう。そういうの好きな女性だっているものだと思うので。もしかしたらそういう人の方が多いかもしれない。

男気さんは首都圏出身なのであるが、家父長制を尊んでいるようで、僕ら夫婦がお互い自由にやりすぎていることに対して少々面食らっていた。以前お正月に僕と妻がお互い実家に帰りたいけどスケジュール的にどちらも行くのは難しいよねという話になったときにそれぞれの実家にソロ帰省した話をしたときは「え、そんなのありなんですか?奥さん、嫁いできたんですよね?」とたいそう面食らっていた。嫁いでもらったという感覚ゼロだったのでそういう考え方もあるかと感心した。

話は少々ずれてしまったが、男性でもかわいいもの好きというのことはごく自然なことであると思うし、ただの好みでしかないと思うわけである。ただ、男女の脳の作りとかそういったことで好みが分かれるというのはあるのかもしれない。調べてないのでまったくあてにならないけど。

こういうふわっとした考え、こどもに伝えるのって難しいんだろうなぁ。世のお父さんお母さんってすごい。

さ、ややこしい話はここまでにしてなんか綺麗だったから写真撮ろうとしたけど全然上手く撮れなかった月の写真で本日はお別れでございます🌖

長老VS上司

なんだかあまり書くことがないなあとTwitterを眺めていたら元統一教会に関する報道についてのトレンドがあがっていた。それを見て「なんか一言いってやりたい」感情が芽生えてしまい、怒濤の如くタイピングしてマスコミとかの不満をぶちあげてしまった。いや、よくないですな。そういうのじゃないですわな、当ブログは。もっとお気楽に行きます。

てなわけで普通の日記。

昨日は出社をしていたのだけど、出社予定のひとが軒並み現れなかった。ひとりは腰痛で在宅に切り替え、もうひとりは音沙汰なし。連絡がない方はグループの長老である。僕はわりと朗らかにやりとりしているけれど、長老と上司は相性があまりよくなく、その二人の絡みががあると周囲が若干ピリつく。その長老が来ない。しかも連絡なしに。

この時点で僕はもう気まずかった。具合悪いにしてもなんにしても連絡くらいはくれと。そういうことすると上司が注意しないといけなくなるし、注意されたらされたで長老はおかんむりじゃないですか。

ここ最近コロナ対応で急な在宅勤務に切り替えられるよう、シンクラとスマホを持ち帰るようお達しが出ている。しかし長老のデスクにはシンクラもスマホもある。あれ?長老きてる?などと戸惑っていたら外が騒がしい。右翼カーが現れたようだ。おもしろそうだから見に行ってみよう、と離席。

右翼、見れなかったなと肩を落として席に戻ると長老が出社をしていた。シンクラとスマホについてはシンプルに言うことを聞いてなかっただけだったか。そういうところも火種になるので言うこと聞いてあげてほしいな…

やりとりを見ていないけどごく自然に上司も長老も仕事をしていたので特に揉め事は起こっていなかったと思われる。起こったとしても僕の目に入らなければそれでよい。情報は認知するまで無いのと同じなのだ。巻き込まれたくねえです。

長老が自由すぎみたいな印象になってしまうと思うのだけど、上司は上司でいつもの出勤時間にあらわれず特に連絡なく出勤時間を変更したりするひとなのでどっちもどっちといえばまあそういうことなのである。隣の同僚がめっちゃ怒ってた。みんな、穏やかであれ。

ただ、隣の同僚が怒っていたのには理由がある。現在のグループに配属されたばかりの頃、その当時の上司がやはり連絡なく会社に現れなかったことがある。のんきに構えていたら大動脈解離で倒れた旨の連絡があった。当たり前のように騒然とした。

そんな大事が起こっていることを想起させるのでみなさんきちんと連絡はしてくださいよ!って同僚が怒るわけである。なぜか僕に。ご、ごめんなさい…

ちなみにその元上司は無事復帰し、一緒に仕事をすることをなったのだけど、雑談の際に「大動脈解離ってものっすごく激しい痛みらしいですね」というようなことを言ったら「よく知ってるね。というかよく大動脈解離という病気を知ってるね」と感心されたことがある。以前大木凡人が同じ病気で倒れたことがあり、その情報を記憶していたのだ。でも大木凡人のくだりはなんとなく伏せた。大木凡人と一括りにするのもどうかなと思ってしまったもので。でも大木凡人は喧嘩最強らしい。それを思えば一括りもむしろ光栄なことだったか。トークってなあ難しいもんですなあ。ちなみに、からが長い。ちなみ過ぎである。

朝イチでちょっとしたハプニングはあったものの、仕事は平たくぬるっと終了。この日は定年派遣おじさんと飲みにいこうという話になっていたので若干フライング気味に飲みに行った。飲んでる最中の記憶というのは覚えていないものでもったいないような気もするけど、飲み過ぎで記憶がないとかではなく、楽しかったけど何話したっけ?であればそれは何気ない幸せの時間ということになるのだろうと思うので結果オーライだ。

ただ、提供されたお寿司のネタの中で正体不明すぎるものが紛れており、店員さんに確認をした一幕があった。「確認してきます!」店員さんは元気よく厨房に消えていったがその後僕らの席に2度と現れることはなかった。結局その謎寿司は僕が食べた。多分深海魚とかだ、あれは。写真撮っておけばよかったな。

楽しき時間はすぐに過ぎてしまうもので、数時間をあっという間に駆け抜けた。予定より遅くなってしまったのが妻に申し訳なかったけど飲み方としてはまあまあだったと思う。

コロナ的な意味で何も気にしないで飲みに行けるような世の中にならんかなと思いつつも、まだ僕は少し様子見かなと思ってます。この辺りはいろんなひとのいろんな考えがあると思うけど、ま、ここはひとつみなさん機嫌よくやりましょうや。ってなわけでまた次回です🍶

 

特に関連画像もなかったので今日のタイトル「長老VS上司」でAI画伯に一枚描いてもらいました。確かになんとなくの対決感は出してきている。

このあと空中戦だな



 

昼からお酒飲んでるだけなのにワインだと赦される感

久々に用事を複数こなす週末を過ごした。

土曜、午前から区の施設に行く用事があったので週末でありながらもそこそこ早く起きてきびきびと準備を済ませタスクをこなす。区の施設の中でもなんというかあまりメインを張るような施設でもないので昭和感がすごい。古い学校みたいな味わいがある。こういうところで働くひとというのはどういう気持ちで働いているのだろうなどとこの世で最も気にしないでよいことについて思考を巡らせているうちに用事は終了。

この日は事前に妻からとある人物の展示の展示を見に行こうと打診を受けていたので出かけた足で新宿へ向かう。展示はマティアス・アドルフソンというアーティストのもの。DANCE GAVIN DANCE(バンド)のアートワークを長年手がけており、夫婦ともどもうっすら気にかけていたのだ。写真などがあるとわかりやすいのだけどさすがに撮影禁止だったのでDANCE GAVIN DANCEのアルバムでも。

Acceptance Speech(DANCE GAVIN DANCE)のアートワーク

かわいいのだけどどこかシュールな雰囲気もあるテイストが良い。かなり細かく描かれているものが多いのでじっくり見てしまう作品が多い。展示されていたものも同様で夫婦揃って絵に釘付けになっていたところ店員さんに声をかけられる。展示兼販売会場となっていたので「買います?」的な声の掛けられ方にも感じられ、見られれば満足という気持ちで赴いたためなかなか気まずい。ただ、見ているうちに本当にちょっと欲しくなってきている自分はいた。ちなみに価格は2桁万円だ。自分の人生の中で"絵画を買う"という行為に足を踏み入れることがあるとは思わなんだ。しかしこの間ルンバを導入したばかりということを脳内で反芻し「買っちゃいますか」的空気をなんとか乗り越えた。危なかったぜ。正気を保っているうちに「検討します!」と元気にその場を後にした。

展示があったのは新宿伊勢丹だったのでついでにご飯でもとフードのフロアに移動しお店を吟味する。寿司、うなぎ、天ぷら等と”おでかけの外食”といったわかりやすい方向性のお店が多い。そしてランチで気軽にという価格帯ではない。さっきまで2桁万円の絵を買いそうになっていた人間が何を渋っているのかと思われるかもしれないがたぶんこっちが通常のリアクションだ。さっきまでちょっと空気に飲まれてた。

結局そこまで距離もないことだしと、地元駅で前々から行きたいと思っていたパスタ屋に行くことにした。行くたびに営業してないという絶妙な相性の悪さを誇っていたのでこの日も少し心配だったが無事入店できた。

本当はカルボナーラを食べたかったのだけど、ランチでは提供していないとのことだったので海苔とイカと生姜のパスタのペペロンチーノをオーダーした。こういうときは他で聞かないようなメニューをオーダーしてみればそのお店の方向性がわかるような気がする。

セットメニューでサラダでもあれば、と思っていたが、ワインセットがあるのが目に入る。「ワインか…」普段ワインを好んで飲むということはないのだけど気まぐれでオーダーしてみることにした。

ルネッサーンス(嫌な感じに古い)


久々にワインを飲んだらこれがうめえんですよ。赤ワインの方が好きかなとぼんやりした人生を送ってきたが白ワインおいしい。これは新しい扉開いたな。しかしまあワインもなかなかの沼っぷりであると聞く。注意して沈んでしまわないようにゆっくり近づいていこうと思う。結局パスタが来る前に1杯飲み切ってしまったので追加でワインをオーダーした。ちなみにフリウラーノという白ワインらしい。聞いてはみたけどやっぱり全然知らなかった。

ワインでほくほくしているとパスタが到着。

麺も自家製らしく、角のある麺で変わっているなとは思ったけどきっちりおいしかった。形状だけで言ったらお蕎麦的な。しかもワインと相性がめちゃくちゃよかった。こういう楽しみ方って今までしたことなかったからこれから昼ワインにはまってしまいそうだ。「パスタとワインだぁ?おまえさんなに気取ってんだい」と心の中の江戸っ子が顔を出すが自分の中のマリアージュを探し求めるということで江戸っ子にはお引き取り願おう。あんただって蕎麦と日本酒とかお好きでしょう。

ワインだと少しくらい飲んでもそこまで酔っぱらってこないのが良い。「アルコール度数軽めなのがいんですよね〜」と美容師さんに話したら「ワインは軽くないですよ」と真顔のリアクションであった。普段ウイスキーしか飲んでいないので感覚がバグっていたことを恥じ入る次第である。

最近休日も午後から行動を起こすことが常となってしまっていたがこの日は午前から動いていたので非常に有意義であった。こうでなきゃなということに今更気づいた次第。

それにしても絵を見てパスタとワインの流れってなんだか三軒茶屋に住んでるひとの行動みたいだな(めちゃくちゃ偏見)。中野区民ですまねえです。🍝

 

ピンチっぽさをはらんだ可逆性後頭葉白質脳症

久しぶりにお題にのっかってみようと思う。今週のお題「人生最大のピンチ」である。病気と共に生きてきた割には、というかもしかしたら病気だったからこそなのかもしれないが病気由来で人生ピンチだと感じたことはほぼない。

ただ、これはまずいのかもしれないなと感じざるを得ない病気を発症したことがある。

可逆性後頭葉白質脳症(通称PRES)だ。

たぶん聞いたことがないひとがほとんどだと思うので説明をすると名前の通り脳の病気で、高血圧と飲んでいる薬の影響で脳の血管が浮腫んで痙攣するといった病気である。

発症数日前から血圧は高かったのだけど、高血圧慣れというよくない耐性を獲得していたためさして数値を気にしていなかった。確か上は190くらいあったので普通なら気にしすぎるくらい気にするところであるが、僕は中学生の頃、上が280という冗談みたいな数字を叩き出したことがある超高血圧レコードホルダーであったので「ま、このくらいなら」程度にしか思っていなかった。

発症は早朝。眠りから覚めトイレに行こうとふらふらとトイレに向かったところ、何やら視界がおかしい。焦点が定まらないというかなんというか、とにかくものを正確な距離でクリアに見ることができない。「寝ぼけている上に二日酔いかな…シャワーでも浴びよう」と浴室の戸に手を掛けようとしても戸を掴むことができない。距離感などがまったく把握できなくなっていたのだ。やっとのことで戸を掴み浴室に入るも、当然蛇口が掴めない。

これは二日酔いとか寝起きとかではなく完全に視界が異常だ。さすがにまずいと思い妻(当時は結婚前)に「なんか目がおかしい…!」と伝えた。さすがにこの状況はまずいし、視界が異常なまま自力で病院に行くことはできないと判断し、救急車を呼んでもらうことに。このときはまだ視界の異常だけだったと思う。

救急車も到着し、隊員の方々の手によって担架で救急車に運び入れられた。このとき猛烈な吐き気をもよおし、その旨を隊員さんに伝えて対応してもらっていたところで突如痙攣発作が起こる。人生初の痙攣発作。周りもびっくりしただろうけど本人が一番ビビる。しかもその後も何度も痙攣発作に襲われたのでちょっともうダメなのではと一瞬思思わざるを得なかった。痙攣する直前「あ、くるな」とわかるというできればわからなくてもよい知見を得てしまった。まあわかったところで抗えないんですが

その後救急車は無事病院に到着。救急病棟に収容された。その後も何度も痙攣を起こしながら諸々の検査を行い、PRESであることが判明する。ほどなく医師から妻に病名と現在の症状が伝えられたとき、妻はさすがに涙が堪えられなかったらしい。このときもう目はほぼ見えてなかった。

当然にように入院が決定し、最初は救急病棟にそのまま入院となった。一晩明けたが目は一向に見えない。でもなぜかこのときは達観した気持ちというか、この状況を深刻に考えていなかったように記憶している。まだ状況を把握できてなかった説が濃厚ではあるけれど。このとき妻がどれほど見えていないのかを確かめるために指で数字の3を作り僕の眼前に差し出したのだけど「え?メロイックサイン(メタルの🤙みたいなもの)?」とすっとぼけたらしいのでそれなりに元気だったのかもしれない。妻はたまったものではなかったろうけど。

ちなみに救急病棟では2人部屋というか2人収納できるスペースに入院していたようだったのだけど、隣はばあちゃんであった。これがまあ結構にぎやかなばあちゃんで、階段から落ちただかで救急病棟に入院したらしいがそうと思えないくらい元気におしゃべりしていた。見えてないので何歳くらいかはまったくわからなかったけど、ちょっと会話 の内容から幼児退行っぽさを感じたのでそれなりの年齢だったのだろう。

ばあちゃんに対して男性スタッフが甲斐甲斐しく世話を焼いているのがよく聞こえてきた。大変だなーなどと呑気に聞き耳をたてていたあるとき、ばあちゃんが男性スタッフに声をかけた。

ばあちゃん「ねえ、ちょっとこっちにきて」

男性スタッフ「なんでしょう」

ばあちゃん「ちょっと耳を貸して?」

ばあちゃん「好き〜」

ずっこけたわ。まあ可愛らしいのだけど。殺伐とした救急病棟に束の間の平和が訪れた瞬間であった。耳打ちする予定だったのだろうけど、病棟中に響き渡らんほどのはつらつとした告白でしかなかった。

その後、徐々に病状は落ち着いてきたところで一般病棟に移動。相変わらず目は見えないけど、痙攣発作はもう起こらないのでちょっとずつ良くなってきているのかなと希望は持てた。

この辺りからの細かい経緯がちょっと曖昧なのだけど、結局ところ高血圧とそのとき服薬していた移植腎のための免疫抑制剤がこの状況を作り出していたということだったので降圧剤を飲み、免疫抑制剤は中止となった。このおかげで尿が完全に出なくなるのがたぶん年単位で早まっただろうと思う。しかし、そういった対処をしていくことで目は元通り見えるようになっていった。ほんとよかった。

尿が出なくなったという以外はほぼ元通りに快復し退院という運びへ。入院していたのは2週間くらいだったようだ。症状などから考えると意外に短いものだと思える。何か入院中の写真撮ってなかったかなと探してみたが全然撮っていなかったようだった。後半ご飯を摂る余裕くらいありそうだったけどな。ただ、よほど嬉しかったのか、退院した日に食べたデニーズのカレーは写真におさめていた。

病院食には絶対にないピーキー

まあそりゃ嬉しいよな。病院食も僕はわりと普通に食べられる方ではあるけど、精進料理の亜種みたいな食べ物だし。塩分で言ったら精進料理の方が感じられるくらいかもしれない。

 

人生のピンチといって思い浮かぶのはこんな話。でも命に別状があるような病気ではないことを考えると小学生の頃に川とか海とかで計3回溺れ死にそうになったこととか、酒井くんとか勝俣くんに(全然別のタイミングで2回)首を締め上げられて窒息しそうになったことのほうがピンチだったかもしれないな。ていうか結構死にそうになっているな。よくぞご無事で!

AI画伯のスチームパンク観

AIとはかくも進歩しているものかと驚くばかりである。AIによって絵が描かれるのだからこれからの時代どうなっちゃうんだろうという話だ。話題としては少し前の話だけれど、思い立っていまさら試してみたのだ。ちなみにDream by WOMBOというアプリを利用した。

キーワードを考えてあとはスタイルを指定すれば自動で描画をしてくれる。でもこういうのって自由にキーワードを指定して良いと言われるとまったく言葉が出てこない。あまりにも何も出てこないものだから当ブログ名「普遍と平熱」で1枚作成してもらった。

概念of概念

よい…のでは…?

元々このアプリ、概念的かつ抽象的な作風ではあるのだけど、「普遍と平熱」というキーワードがそもそも概念でしかないので混じりっ気なしの概念中の概念という絵が出来上がった。ちなみにスタイルはスチームパンクだ。確かにその雰囲気はある。雰囲気はなんだかいいけど何かはよくわからない。いよいよアート的ではないか。世の中の絵描きさん達に張り倒されまくりそうな発言をしてしまっているかもしれない。
「普遍と平熱」だとあまりにもワードとしてぼんやりしすぎているのでもう少しストレートな言葉を選んでいこうと思う。たぶん画像検索の結果と絵画の雰囲気のテンプレートを混ぜ込んで絵を作成していると思われるので、そのものずばりの画像がある方が絵としてわかりやすいものにはなるのだろう。

好きなものをとりあえず、ということで犬とお寿司が思い浮かんだ。犬とお寿司っていうか犬のお寿司のほうが絵のタイトルっぽいかなと思って張り切ってオーダー。

犬…?

どこまでもぎりぎりのラインを攻めてくる。犬っぽさ、お寿司っぽさどちらもあるのだけど、あくまでも「ぽさ」であり、しっくり来ているのか来ていないのか曖昧な気持ちにさせられる出来である。嫌いではないのだけど。でもこれ、ものの数秒で描画しているのだから本当にすごい。
ちなみにこの「犬のお寿司」であるが、職場で隣の席に座っている同僚の女性に見せたところめちゃくちゃ微妙なリアクションをされてしまった。なんなら少し引いていたかもしれない。思いついた好きなものを絵画っぽいタイトルに落とし込んだとはいえ、「犬」が「お寿司」になっているということに生理的嫌悪感をおぼえたのだろうか。彼女は育ちがよいのであまり不謹慎っぽい発言は今後避けよう。あと実家が動物病院らしいし。もしかしてこっちか?この場合何ハラなんだろう。寿司ハラ?犬ハラ?いや、ふざけてないですよ。

こういったAIものが創作物をごりごり作り出すものが発表されるたびにクリエイターは淘汰されるのではということが取り沙汰されるが個人的にはそれはないだろうなと感じている。それはそれ、これはこれになると思うのだ。最終的には好みなので。

そうえいばAIものといえば詩を自動で作り出すというのも結構前に見かけた。

なんか最後誇らしげ

詩マシンというサービス?によって作り出されたものだ。ランダムでワードを拾ってきてつなぎあわせている。詩という体裁なのでランダムで言葉がつなぎ合わされていてもなんだかそれっぽいことを言っているような気がしてくる。「つまり人生」で締めちゃってるのがなんとも反則っぽいが、これもまあランダムなので1勝ってことで。

ちょっとV系の歌詞っぽくもあるのだよな。Plastic treeあたりとか。あとはボードレールとかね。僕の読解力が低すぎなのを差し引いても難解すぎる。

これもつまり人生ってことで今後のAI事情に思いを馳せていきましょうや。アデュー!