普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

10年に1度の酢豚を食べたい日が訪れた

中華って明確に好きだし、食べたら「こんなうめえもん滅多にないな」と思うくらいにむっほむっほと貪るのだけど、お昼ご飯に登場するタイミングはそう多くない。

その最大の理由が提供される量の問題である。オフィス街の街中華的なところって質より量みたいな勝負しているところが多いと思うのだ。なにも質の良い中華を食べさせてくれというようなお行儀のよいことを言いたいのではなく、単純に量が多い。お残ししたくない。

昨日は10年に1度の”お昼ご飯に酢豚を食べたい日”が訪れていたが、上記理由から食べたいものは明確であるのに行き先を決めあぐねていた。酢豚って知名度はあるしそこそこ人気だってあるとは思うのだけど、コンビニで弁当として取り扱われるかというそうではない。どうしたもんかと投げやりな気持ちで適当な街中華と行きずりの酢豚をキメそうになっていたところで電撃が走った。

バーミヤンが…あるじゃないか…!!

そう、バーミアンかバーミヤンで迷うことでお馴染み、ファミレス中華の雄である。今年になって職場の近所にオープンをし、オープン間もない頃にチャーハンを食べに行って手堅い勝利を手にしていた。

戦場は決まった。下調べは入念にしていこう。行ったは良いけど酢豚がないなんてことがないように。んなアホなとお思いになる方もおられるだろうが、僕はその手のしくじりを頻繁にやるタイプの人間である。チェーン店のよいところはネットで調べたらきちんと情報が出てくることだ。食べログとかを差し出されて「うーん…いける…か!!」と調べたわりには博打気分から抜け出せないということにならない。

きちんとバーミヤンのオフィシャルサイトに辿り着き、グランドメニューをアナライズ。酢豚を確認、ロックオン。しかもケチャップ系の酢豚ではなく、黒酢酢豚だ。まさにこれを食べたかった。これはもう今日のお昼ご飯も勝利確定に違いないとうっきうきでバーミヤンに向かい黒酢酢豚と対峙することとなった。

しいたけなんかはいっちゃってとっぽいねえ

僕のことだから行ってはみたもののいざ頼もうと思ったら品切れ、くらいはあるかと警戒していたが、こうして無事出会いを果たしている。これは何かあるのでは…?そう思いひと口食べてみたところ…

思っていた黒酢酢豚の味とはちょっと違うかな…?

というなんだかとても煮え切らない感想をもってしまった。いや、おいしい。おいしいのよ。白米わしわしかっこむ系の味であることには違いない。ただ期待していた味とちょっと違った。うーん、なんでだろう。

と、きちんと考えたところで気づいた。僕は酢豚自体は今までの人生で多くはないとはいえ、何度か食べたことはあるが、黒酢酢豚はこのタイミング以外ではそう多く食べていない。というかバーミヤン以外の黒酢酢豚は1店舗しか食べたことなかったことに気づく。要はその店舗を基準としての”黒酢酢豚が食べたい”のお気持ちだったのだ。というかもう”酢豚”ではなく”それ”という気分だったのかもしれないな。

酢豚に対しての経験値がいまのところ不足してるために起きた今般の事態。そして同時に酢豚の見聞を広めることとなったので、今後バーミヤン酢豚を思い出して食べたくなる日もあるだろうと思う。そういう面でよきお昼ご飯だった。

ちなみに、酢豚にパインは入っていて大丈夫派です。

 

蒸留酒は太らない神話崩壊

先日も書いたように体重増加が無視できない域に達し始めたため、やれる努力からしてみようと晩酌の際のおつまみを多少ヘルシーなものにしてみている。いままで平気で揚げ物、ジャンクフードが登場としていたがもやし炒めなどにしてみたり。もやしといったら安さに比例した栄養のなさでお馴染み。栄養ない界隈でも重鎮である。

でも今調べたらカリウムやビタミンが豊富に含まれているらしく、生活習慣病の予防、改善にまで効果があるという。栄養ない界隈の重鎮かと思ったら意外にきちんとした大物なのかもしれない。非礼を詫びてこれからの晩酌ライフに頻繁にお招きしよう。

炒めるという調理法においては共演NGないんじゃないのかというくらいに相手が肉であろうと野菜であろうと誰とでもうまくやるし。大根みたいに人々に広く受け入れられているわりに調理法、共演者を選ぶ気難し屋さんとは違うのだ。なんといっても大根さんはカレーとの相性が悪い。誰でも自分の色に染め上げるあのカレーと。タモリと相性が悪いようなものである。笑っていいともに出られないのは致命傷だろう。

もやしに全幅の信頼を寄せ始めてはいるが、まだ効果は見られない。始めたばかりだからと今のところはいえるが、もしかしての可能性を考えていないわけでもなかった。

も…もしかしてお酒そのものがいけないのでは…?

晩酌にはウイスキーテキーラ、焼酎等の蒸留酒を飲んでいる。

最近気が向いて買った安めのテキーラ。でもおいしい。

いつかどこだかで聞いた情報によると蒸留酒は太る原因にならないという話を聞いていた。その点から原因となっている可能性を一切排除していたが、まさかがあるのかもしれないと思って調べてみることとした。

そしたらなんと、一般的に飲まれるお酒の中でもウイスキーは高カロリーの部類であったのだ。100mlあたりのカロリーは220kcalくらいあるらしい。衝撃の事実である。飲みすぎると太ると言われているビールがぶっちぎっているかと思いきや、ビールは100mlあたり40kcalほど。ちなみに焼酎は200kcalくらいらしい。

ただ、ウイスキーとビールでは一度に飲む量が違いすぎる。ウイスキーは晩酌程度ならせいぜい飲んでも200ml程度。ビールなら500ml缶3本は堅いだろう。この時点でビールの方が摂取カロリーで上回る。

そして、なんといっても重要なのは糖質らしい。ビールが100mlあたりの糖質3gほどなのに対してウイスキーはなんとゼロ。無しである。これほど心強い話があるだろうか。これはウイスキーを飲んでおけばひとまず大丈夫なのではと胸を撫で下ろそうとしたところで追撃が。

眉間を撃ち抜かれた。「蒸留酒は太らない」は酒飲みの幻想だったのである。記事の内容をざっくりいうと、糖質がゼロだろうがなんだろうがアルコール(エタノール)にはエネルギー源としてのカロリーがあり、エンプティカロリーなどということはない(断言)ということであった。ビール350ml缶を飲む時はコンビニおにぎりをひとつ食べたときと同程度のカロリー摂取となるとのことだ。そんなもん何缶も飲んだら太らない理由がない。寝る前におにぎり三つも四つも食べているようなものである。想像しただけで来世まで太りそうだ。

そうか…お酒は太るのか…おつまみの問題ではなかったか…

もうしょんぼりですよ。晩酌そのものが太る原因だったのだ。

だがしかし、事実を知ったくらいで晩酌をやめられるほどの手ぬるい酒飲みではない。ひとまず、ひとまずね、おつまみを改善してその効果があるかを試していこうじゃないのよ。そして成果を出して世の限界酒飲みたちに希望を与え、お酒だけならギリOKよって。でもこれからは「今飲んでいるものはカロリーなんだな…」と思いながら飲もう。

世の中には2種類の人間がいる。賢い酒飲みと愚かな酒飲みだ。僕はその前者になったのだ。

と、思わないとつらい。

カフェと言わないところに静かな矜持とこじらせがある

以前は趣味と言ってよいくらいには休みの日に喫茶店へ赴いていた。特定のということではなく、そのときの気分にあわせて。要は喫茶店巡りということだ。僕の、というよりは妻の趣味だったわけだけれども。夫婦ともにカフェ巡りと言わないあたりに静かな矜持とこじらせ具合を感じ取ってほしい。

赤子と喫茶店はこの世で屈指の相性の悪さを誇る。自然と足が遠のいてしまっていたが、先週末は久々に喫茶店形態の飲食店に行った。赤子を容認する喫茶店などこの世に存在しないので要はカフェなのだけど、僕のようなものがカッフェなどと口走ってよいのかとまわりくどく形容した次第です。

妻が事前にベビーカーOKのクレープとガレットをメインに据えたお店があると情報を入手してきており、久方ぶりのカッフェを堪能しに行ったのであった。

子の誕生前は散歩がてらに喫茶店等に行き、昼ワインをキメるというのも楽しみのひとつとなっていた。調べてはいなかったけど、行く前からお店の雰囲気的にワインなどを出すに違いないだろうとふんでいたが、まんまとワインが提供されていたので無事昼ワイン凱旋を果たす。

これなんですよ

しかし、ワインに引っ張られすぎてガレットのお店だっつってんのにグリルチキンを頼みそうになっていたところで我に帰って軌道修正。ハンバーグのガレットをオーダーした。

ハンバーグの下にはたまごが存在する

軌道修正してガレットをオーダーしたものの、やっぱりつまみ力を求めてしまった形である。ふだんガレットって食べないのでよく知らないのだけど、ガレットのアイデンティティを歪めてしまっていることにはなっていないだろうか。まあ僕がハンバーグとガレットを悪魔合体させたわけではなく、お店のひとが考案したメニューなわけなのだから余計になことを考えずにおいしくいただくこととした。でもハンバーグがメインって感じになっているような気がしてガレットの生地がランチョンマットのようである。や、おいしいのよ、当然。

ちなみに妻のオーダーはこちら。

様式美

ガレットと言われて思い浮かべるスタンダードであると言えるだろう。妻はこういうとききちんと王道を頼む。僕のようについ飛び道具を選びがち、果てはガレットを頼まずグリルチキンを頼みそうになるようなぶれはない。かくありたいものである。

こうして満足度の高いひとときを過ごし帰路についた。ここのところ徒歩圏内にしか出かけてなかったのでお出かけという感じがして心の洗濯ができたな。帰宅後、洗濯した心でアーマードコア6をようやくクリアするという偉業ををなしとげ、様々な角度から充実度の高い週末となったのであった。

カルボナーラって意外に新しい食べ物だった

ここのところのお昼ご飯戦線は芳しいものではなく苦戦を強いられていた。それというのも柄にもなく前日から次の日のご飯を決め打ちしていたからだ。もっと無計画に生きねばならない。そう心に決め、昨日の出社時にはお昼ご飯への煩悩を滅却し家を出た。

そこそこの感じで仕事をし、迎えたお昼休憩。滅却の甲斐あって休憩突入からのお昼ご飯シンキングタイムがスタート。ってこれいつものやつだな。なんなら迷いに迷って彷徨って失敗するパターンですらある。まずいぞ。

こんなときにとらなければならない方法を知っている。ガチガチの鉄板のお店に行くのだ。ご飯系の話題のときに鉄板っていう単語を出すと鉄板焼きのお店に行くみたいな言い方になるな。鉄板て物理的な鉄板じゃなく心理的安心感しかないという意味です。説明しちゃって恥ずい。

ともあれ、はずさないお店だ。それはお気に入りのパスタ屋である。ウニクリームのパスタが絶品、店員さんが脳をクロックアップしているとしか思えないちゃきちゃきの動きをする人気のお店に行こう。これはもう確勝決定。

お店に到着。ランチメニューを眺め、ウニクリームがあることを確認。確認できたので今日は違うのを食べる。ここで小さな冒険をすると煮湯を飲まされるはめになりかねないので安定重視の選択といこう。そうなるともうカルボナーラ一択だ。以前にもこのお店のカルボナーラを食べてみなぎったことがあるのではずしようがない。

こうして午後への活力そのものを待つこと数分。お待ちかねのあの野郎が眼前に現れた。

このシズル感たらない

いやー、うまそうですなあと異性間であればセクハラ認定されかねないほど凝視したところで気づく。

「黒胡椒がかかっていないのでは…?」

カルボナーラとは元々Carbonara(炭火焼職人)という言葉に端を発しているといい、炭火焼職人がお昼にパスタを食べて、職人のどこかしらについた炭がパスタに落ちちゃってそれを模したものがカルボナーラであると聞いたことがある。なんならカルボナーラカルボナーラたらしめるものは炭、すなわち胡椒だということだ。

そのアイデンティティそのものである胡椒がかかっていない。おい、シェフを呼べいとなりそうなところだが、シェフを呼んだら警察呼ばれちゃうかもしれないのでいったん立ち止まって調べてみた。ありがとうインターネット。君がいなかったら今頃僕は「〜などと供述しており」のひとになっていたところだったよ。

調べたところ、炭火焼職人説は諸説あるなかのひとつであるようだった。そうか、そうすると胡椒がかかっていないことを糾弾するのは酷というものか。でもその他の説のカルボナリ(炭焼党、秘密結社)との関わりとする説もあるようなので炭(胡椒)は合った方がいいような…ともにょもにょしているところで衝撃の事実が発覚した。

カルボナーラ第二次世界大戦時からの食べ物らしい。対戦時にアメリカに持ち込まれたベーコンとスパゲッティを使った料理であるとされているのだ。え、そうなん。てっきりイタリアの伝統料理くらいに思ってた。日本の寿司くらいに思っていたよ。それが大戦時くらいからといったら牛丼の方が古いくらいだ。

そうなるとまだ発展途上の食べものという考え方もできる。黒胡椒がかかっていないくらいのことでガタガタいおうとしてしまった我が身を恥じた。恥じるついでにおいしくカルボナーラを食べてそそくさと午後の仕事へ戻っていったのだった。

 

 

ちゃんとしちゃダメなタイプの人間かもしれない

6月って第6週まであるって知ってました?というか6週まである月なんてあったんだとこの年齢になって今更気づいた次第である。基本的にひと月4週くらいという意識でいるので5週あったらもう多いとすら思っていたが、5週は通常営業だった。今までどういう人生を送ってきたんだ、自分は。

月の週数よりも日々のお昼ご飯に心血を注いでいるのは当ブログで折りに触れて語っている通りである。そんなんだからカレンダーの段の数にすら気づけないのだろうと思う。ただ、昨日、今日とお昼ご飯戦線にてうっすらとした憂き目にあてしまったのでここで吐露したい所存。

まず昨日。月曜の透析時に、明日(火曜)の出社時にはなんとしても牛骨ラーメンを食べるべきだと天啓を授かった。職場近くは飲食店が豊富なのでどこかしらあるだろうと検索によってターゲットを絞る。かなりおいしそうだと思った牛骨ラーメンやはどうやら閉店してしまっているようだったけど、チョイスしたラーメン屋だって悪くはなさそうだ。なにより牛骨であることは間違いない。次の日を楽しみに眠りについた。

揚々と出社。いつも僕がラーメンばかり食べているのを知っている職員の方から「今日は何ラーを食べるんですか?」と質問をされたので「今日はね、牛骨ラーメンを食べようと思ってます!昨日から調べてたんです」と得意気に回答。嬉しそうですねえとまで言われた。

お昼休み。目的地に向かう。お気づきかとは思うけれども、何の捻りもなく目的のラーメンにはありつけなかった。現地についているはずなのにどう探してもお店が見つからない。食べログの地図を見直してみても場所は合ってる。嫌な予感を感じつつ、お店があるはずの場所を行ったり来たりしながら改めて食べログを確認すると、ページの左上に「閉店」と表示されてる。

絶対昨日までその表示なかったよ!!だってもう1件の牛骨ラーメンは閉店してるんだな〜と思って除外したわけだし。と、ちょっとふてくされてみるも、表示されてないわけなかっただろうし、今は何よりリカバリーに努めなければならない。ぼんやり生きてるとこうなる。

けっきょく近くの家系ラーメンに逃げ込むことでひとまずのお昼ご飯難民という立場を捨てることに成功した。豚骨ラーメンだし、豚も牛も偶蹄目だしもうこの際大枠では同じようなもん食べたと思おうじゃないか。僕は偶蹄目ラーメンが食べたかった。そうだろう?

おいしいんだけどもっとばっちりハマる日に食べたかった

悲しみを胸にオフィスに戻り、いきさつを島の姐さんに説明したところ「君、そんなんばっかだね。変に予定とかたてないほうがいんじゃないの?」とディスりすれすれの励ましの言葉をいただいた。いやでも姐さんの言う通りっす。

そして本日、在宅勤務のお昼ご飯。お米も炊いてあるし、お昼は近所の肉屋のとんかつを買ってきて食べようと妻に宣言しとんかつを買いに走った。

そしたらまんまと定休日。でもこれは知ってる情報だった。気づかなかった自分が愚か過ぎる。曜日の感覚とかいかれてるんだろうな。だからカレンダーの週数とか気づかないんだと思う。そして今日とんかつにしようということも実は昨日の段階から計画していた。姐さんのいう「計画しないほうがいいんじゃない?」が胸に再度響き渡った。

またもや準難民である。もう開き直ってふだんであればちょっと遠いので駅まではいかないけど駅前まで行ってふだん食べないものを調達してこようと決意した。これは敗走ではない。戦術的転回である。

駅前まで行かないと食べられないものといえば台湾料理だ。無事台湾唐揚げ丼みたいなものをゲット。この頃にはけっこうまんざらでもない気持ちにになっていたので結果オーライである。

サイズがすごく小さくて不安になるけどしっかりおなかいっぱいになる謎仕様

2日間前日から次の日のお昼ご飯の予定を立てていながら急遽予定変更を余儀なくされることとなってしまった。しっかりしようとすればするほどに転がり落ちていく自分らしさを痛感した次第である。もう行き当たりばったりに生きるしかない。少なくともお昼ごはんに関しては無軌道かつ無頼に行こう。

マックとか食べてる場合じゃないのよ

体重増加が目を逸せないレベルになってきた。BMIで言うとまったく問題ない数値であり、むしろ少なめくらいではあるのだけど視覚的に明らかに穏やかでないことになってきている。

コロナ禍以降体重増加が顕著であったように思うので、在宅勤務が日常となったことにより運動量が圧倒的に減少しその一途を辿ったのかと思えたが、よくよく考えてみればコロナ前だって会社に行っていたからといってろくに身体を動かしていたわけではない。ではなぜ体重が増えたのかときちんと考えてみると、加齢による基礎代謝の低下が訪れているにもかかわらず食生活の見直しを行わなかったからということに他ならない。

透析のある日は帰宅の時間が21時を過ぎる。そこから晩御飯兼晩酌となるので就寝2時間前までに食事を済ませていることが稀だ。そのうえそのときにけっこうがっつりめのものを食べてしまったりするものだから、冷静に考えて太らないわけがない。具体的にいうとマクドナルドとかね、食べちゃうんですよ。ふつうに暮らしていて21時過ぎにマクドナルドを食べるとか正気の沙汰ではない。原因しかないのに原因はなんだろうなあと考えるなど愚の骨頂である。

そういうわけなので、まずは晩酌タイムの酒あてから見直すこととした。少なくとも揚げ物、ジャンクフードは禁止。今日もとりあえずもやし炒めに申し訳程度に挽肉が入ったものを帰宅してからこさえて食べている。これでダメならもう霞で太れる。さる研究期間にさらわれて解剖とかされちゃうかもしれない。

思えば、わりと体重の増減が著しい人生だったように思う。もともと小型軽量タイプとして成長していたが、まず最初にバランスを崩したのが小学生低学年の頃。腎臓を患い治療の一環としてステロイド系の薬をを服薬したことによりその副作用によりまんまる坊やになったのであった。細かい数字などは覚えていないけど、身長に対して明らかに体重は多かったと思われる。

その頃は特に自意識も芽生えていないので、服薬をやめたのがいつだったのかもあまり覚えてないし、標準体重に戻ったのがいつごろだったのか覚えていない。でも服薬をやめてすんなり体重は減ったという事実はあった。

その次の体重増加のタイミングは中学入学の頃。体調を崩し、やはりステロイドを服薬するようになり、ふくらみにふくらんだ。中学の女性の先輩から「ふぐちゃん」と呼ばれ可愛がられる程度には顔がぷっくぷくだったのだ。今ならそのシチュエーションにちょっと喜んじゃうかもしれないけれども、その頃はどこに出しても恥ずかしくない思春期ボーイなので恥辱にまみれることとなった。そしてどこかのタイミングで服薬をやめ、標準体重圏内に帰還していったのであった。

その次は高校生。腎臓移植を行い、やはりステロイドの服薬を余儀なくされ、その副作用の代表であるムーンフェイスそのものという様相で高校時代を過ごした。中学の頃など比べ物にならないくらいに自意識過剰なこの頃、今の自分から考えても卑屈だったなあと思える。

ただね、その自意識過剰さの賜物といえるのではないかと思うのだけど、高校を卒業して上京する決めたときから「この姿で東京の地に踏み入るわけにはいかぬ」という思いが生まれ、上京までにきちんと標準体重にこぎつけることができたのだ。

怠惰な性分は今と変わらないので、方法としては運動などせずにとにかく食事を摂生することを徹底した。インスタントのわかめスープのお湯を分量の倍くらいにし、薄めて容量のみでおなかを膨らませたり、お米もおかゆにすることでかさ増したりしたりすることでとにかく摂取カロリーを抑えることに専念してみた。そのうえそこに唐辛子をインすることでよく知りもしないカプサイシン効果を期待するなども試したり。今考えてみるとけっこうストイックだな。

そしたらなんと、きちんと痩せたんですよ。上京までに。これが成功体験になってしまっているので今もご飯をがまんすれば痩せるんじゃないかなとか思ってしまっているフシはある。でも10代の頃と今では基礎代謝が違うという前提条件があるので同じようにいくわけもない。

この他、食べるラー油がはやった時期に自作食べラーを思う様貪り体重増加したという自業自得案件もある。あんときはなんで帰ってこれたんだったかな。

とはいえ、摂生することに悪いことがあると思えないのでひとまずはやれることから。といっておいて今日のお昼ご飯これなんですけど。

なんかたまごの感じにオム感がある

お…お昼ごはんなら大丈夫ですよね…?

 

胸を張ってファミっ子と宣言します

アーマードコア6をまだやっている。とはいえ、進捗がまったくないわけではなく、クリアはしていて周回プレイでシナリオに対しての解像度を上げている次第である。待ち続けていただけにそう簡単に終わらせたくなさがすごい。

こうしてアーマードコアに対しては熱量もあり鼻息も荒くはなりがちだが、その他まったく知らないゲームに関してはなかなか触手が伸びない。そのあたり、感性が鈍ってきていると言うのはあるのだろう。感性が鈍るというのはどうしても抗いがたく、新作ゲームをやってもどこか既視感を覚える。

なんなら記憶を消してかつての名作を再びプレイしてあの感動を味わいたいくらいのことを思っている。聖剣伝説レジェンドオブマナをまったく知らない状態でプレイしたい。クロノクロスとかも。

と、ここで思ったのが意外とファミコン時代とかの、ゲームに触れ始めたころよりも、20歳前後のPS後期あたりのほうが思い出深いということである。ファミコン時代だって思い出はたくさんあるはずだ。ここはひとつ、とにかく思い出に残っているゲームを列挙してみるというのもいいかもしれない。思い出のひとことと共に。

小学校1年生から6年生まで、1年につき3タイトルくらいは思い出深い作品があっただろうということで18タイトルをチョイス。レビューとかではなくあくまでもただの思い出としてだし、思い出した順みたいなところがあるので「あれがないの!?」みたいなのがあってもただ単に忘れているだけの可能性があることをお含みおき願いたいっす。

そんなわけで思い出のゲーム、小学生編いってみようかと思います。

 

けっきょく南極大冒険

初めて入手したソフトのひとつ。小学生にはペンギンはキャッチーでよかった。あともうひとつのファースト入手ソフトはエキサイトバイク

 

迷宮組曲

7歳のときに初めてプレイして、30歳超えて初めてクリアしたタイトル。ボーナスステージの楽団員がだんだん揃っていくことに興奮した。

 

鉄腕アトム

なんだかプレイ画面にずっとうら寂しさがある。でもそれがよい。ただ3面あたりがこわい。

 

ドラキュラ2

曲がめちゃくそかっこいい。クリアはしていない。どこまでやったかも覚えていない。

 

リンクの冒険

下突きのアクションのかっこよさにしびれた。無闇に繰り出していた記憶。

 

エスパ冒険隊

変なシュールさが心に焼き付いていまだにふとやりたくなる一作。魔王に勝負を挑みにいってもが留守だったりする斬新な演出がある。

 

独眼竜政宗

主人公が歳を重ねて寿命があるの、当時としては画期的だったなあ。

 

貝獣物語

RPGでキャラ4人をスイッチしてプレイするのがすごいよかったはずなんだけどクリアした記憶がない。なぜなんだ。

 

ケルナグール

社宅住まいのときの隣の酒井君と休日中プレイした思い出。お昼ご飯は酒井くんのお母さんが作ってくれたカレーうどんだった。そのよき思い出の影響でいまもずっと好き。

 

くにおくんの時代劇のやつ

くにおくんシリーズは他にも色々やったけど、一番わくわくしながらやったのはこれかも。こがねむしで楽できたのもよき。

 

FF3

浮遊大陸から飛び出したときの感動と果てしなさは今も忘れられない。ラストダンジョンがつらすぎて結局クリアしてない。

 

SDガンダムカプセル戦記

やっぱり酒井くんと1日中遊んだ記憶が。酒井くんとは2回くらい絶好してしれっと仲直りしていたりした。SDガンダム、はやったなあ。

 

ロックマン

父親にねだってやっと買ってきてもらえるというその日に友達の家に遊びに行ったらこのソフトがあって大盛り上がり。ボスキャラを半分くらいやっつけて興奮気味に帰宅。その後父親からソフトを与えられ、さも初めてプレイしてる風を装ったという苦い思い出がある。

 

THE 功夫

当時のゲームとしては見たことのなかった頭身のゲーム。烏龍茶が回復アイテムって中国なめてんのかと思うものの無知なキッズを納得させる変な説得力はあった。

 

ソンソン2

邪悪とキャッチーの間くらいのキャラデザがとてもよい。あとやっぱり曲がよい。レモンが500ゼニー(通貨)で嬉しい。

 

ポピュラス

スーファミではじめて手に入れたソフト。何をやるゲームなのかさっぱりわからなくてハルマゲドンばっかり起こしていた。

 

FF4

暗黒騎士からのパラディンという胸熱展開。今やったらけっこうきついかもしんないけど少年の心には響きまくった。

 

ロマンシングサガ

今考えると色々粗いんだけど、それまでにない実験的な要素が盛りだくさんだった。初プレイはベタにアルベルトだったような。

 

はい、ここまでで18タイトル。いちおうなんとなく古い順に並べたつもりなので途中でPCエンジンの作品が入ってきて最終的にスーファミに移行している。マリオとかドラクエとかも当然プレイしているし、思い出深いには思い出深いのだけど、音楽でいうミスチルとかサザンみたいなことで自分じゃない誰かがどこかで紹介してそうなのでそこは割愛いたしやした。

 

完全な自己満のゲーム思い出し大会だけど、思い出すとエモい気持ちになって悪くもないので中学生編以降もやって、最終的に記憶を消してまでやりたいと思った20歳前後まで書いてみようかと思います。スーファミあたりは群雄割拠かもしれない。

こういう収納の仕方してたな。