普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

気候がジェットコースター

3月になったとはいえまだまだ寒い。2月の中頃にかなり気温の高かった日を挟んでいるため余計に春への道のりが遠く感じるのかもしれない。気温だけではなく、上下に乱高下するようなことを”ジェットコースターのような”と表現することがあるけれども、気温の高い低いはジェットコースターで言うところのどの部分にあたるのだろう。

ちょっとニーアオートマタっぽいジェットコースター写真

気温が低いというのはつらいことなので、ジェットコースター的にもつらさを担当している回転している部分とか急降下している部分にあたるということだろうか。

いま、回転している部分をつらいと表現したが、あの部分を通過しているとき、遠心力で思い切り車両に押し付けられている状態になっているので思いの外恐怖を感じなかったりする。あくまでも個人的にはだけど。それよりも急降下しているときの重力に見放されそうなあの状態がいちばん怖い。両肩にそっとかぶせられたあのバーに安全のすべてを預けているというのが異常なんじゃないかとすら思えるのだ。

僕は一般的な成人男性からすると肩幅が驚異的に狭いので、いつも急降下の瞬間にバーの隙間からすっぽ抜けるのではないかとたぶん本来の趣旨と異なる恐怖を感じている。安全設計上そんなことになるわけないのだろうけど、実際になったらディズニーアニメで床が突然抜けたときみたいに一瞬宙に浮いた後にストーンと落ちたりするのだろうか。車両だけ進んで自分だけ取り残されて。その場合着地点はひとの形に大の字で穴があくのがベストだろうな。

ふつうのジェットコースターでも急降下のところで限界を感じているので、それそのものを凝縮したようなフリーフォールなんて絶対に乗れない。人生で一度も乗ったことがない。乗れる気もしない。でもタワー・オブ・テラーは大丈夫だったりする。(たぶん原理はフリーフォールと同じなんですよね?)ディズニーならそこまでえげつないものを出してこないだろうという全幅の信頼を寄せていることによるが、フリーフォール大丈夫派の諸兄の評価はどうなんだろうか。あれで大丈夫ならフリーフォールいけるよと言われてもその意見を鵜呑みにするかどうかは別の話だが。牛レバーが大丈夫だからと言って鳥もつきんかんが大丈夫とは限らない。大枠では一緒とはいえ。

えげつないといえば富士急の絶叫マシンは常軌を逸していると感じるものが多いが、その中でも「ええじゃないか」に関してはひとつもいいことなんてあるかとアトラクション名を聞くたびに思う。

www.fujiq.jp

なし崩し的にええじゃないかと乗車をうながしているが僕は頑なに乗車を拒否する所存だ。どういう発想してたらあのマシンを開発できてそれに不安なく乗車できるようになるのか。新幹線くらい安全が担保されていれば乗るけど、と思ったらそのええじゃないかはすでに存在意義を失っているただの移動手段だ。ちょっとトリッキーな移動方法。

富士急つながりでついでに言ってしまうとドドンパに関しては発射時に通常の何倍ものG(3.75倍だとか)がかかるらしく、過去の手術痕が裂けそうで怖くて乗れない。あれ、実際のところどうなんでしょうね。戦闘機乗りは手術痕NGとか聞いたことがあるのだけど、ドドンパもやはりそうなんだろうか。都市伝説めいていて夢のある話なのであえて調べないけれども。

気温が低くてつらいなあということを書こうと思っていたら我ながら清々しいまでにどうでも良い話でお茶を濁してしまった。後半アンチ巨人阪神ファンくらいに富士急のこと熱く語り出してしまったし。さて、お茶も濁り切ったことですし、春待ちしながら濁りが澄んだころにまたあらわれてはどうでも良い話でお茶を濁していこうかと思います🍵

フィクションであってほしさすらある

最近どういうわけなのか、ツイッター(X)でサレ妻(浮気をされた妻)アカウントの投稿が頻繁に表示される。大概のアカウントが夫をぼろっくそに罵っているという醜悪なものであるのだが、醜悪の中にこそ美はあるもの。つい見入ってしまうことがある。そして、基本的には夫が悪いんだろうけど、これ妻さんも性格曲がってるなーという着地点に到達する。

ツイッターのおすすめ表示のアルゴリズムとしては概ねの予想通り「おまえさんこんなのに興味あるんじゃろ?」であるらしいので、最初は既婚者をベースにしたおすすめだった中にあったサレ妻アカウントを拾い上げたことをきっかけにわんこ式にサレ妻をおすすめされるようになったのではないかと思っている。食べ終わる前にいつそばをいれてやろうかと待ち構えている鼻息の荒さが怖い。

その流れなのか、サレ側でありつつも威勢の良くないアカウント(男女問わず)もたまに流れてくることがある。愛するひとに裏切られるなんて心が張り裂ける思いだよなと思いつつ下衆な心をもってその投稿をのぞきに行く。サレ妻は変な勢いがあるから悲哀がないが、こちらは心の整理をするためぽつりぽつりと呟いている雰囲気を感じる。

今日のおすすめがなかなかキツめで、同棲して結婚まで約束した男性から結婚したらすぐ子が欲しいから自分の子を身ごもって欲しいと言われ受け入れたところ、その男性は既婚、挙句生まれたての子がいある立場であったというものだ。それだけにとどまらず名前以外(収入、学歴、家族構成、出世、国籍までも)が嘘だったそうで、それだけでももうおなかいっぱいなのに名刺とか免許まで偽造していたというのだ。名刺もダメだけど、免許はガチのお縄のやつじゃないのか。

不倫自体、不道徳極まりないけど、子がいる立場の不倫はその中でも郡を抜いて悪だし、あまつさえ生まれたての子がいるのにほっぽって他所の女に甘言を囁くなど、生きているうちに地獄めぐりツアー敢行の所業である。

このアカウント主の方はさぞかしつらい思いをしているだろうなと投稿をさかのぼって見てしまった。「生まれてくる子にあんな最低の父親のこと話せない」本当だよな。どするのがベストなんだろうとモヤモヤが心を充した。それが今日の投稿。

ところで、嘘発覚前の投稿はあるんだろうか。ふと思ったため、大スクロール祭りを開催し、2023年の4月まで遡ってしまった。どうもこの時期にこのアカウントは誕生したらしい。なので最初の投稿まで辿り着いてしまったということだ。

その投稿を見るに、彼との暮らしが幸せだという内容である。おお、まだ発覚前のお話。でもつわりについても触れており妊娠はしているようだ。そしてハッシュタグ”#妊娠7週目”とある。

そっかー、7週目か。まだ大変な時期だよなと思いつつ、元彼の大ボラがめくれるのはいつなんだろうと投稿の時を進めようとしたところで「ん?7週?7週って2ヶ月くらいだよな。」と違和感に気づく。2023年4月に妊娠2ヶ月でいま2024年の3月。

産まれてない?

でも今日の投稿内容的にこれから産まれると読める内容だった。もしかして超絶過期産という可能性もゼロではないけど、これはもしかすると…ってありえますかね。

え、でもそんなことある?もしそうならなんのために?しかもけっこうな数投稿しているし。ただ、気になるのが4月から7月までは絶え間なく投稿していたが、7月から10月末まで一切投稿がないのだ。6月に嘘がめくれる日が訪れるのだけど、その直後はその事実から中絶の方向性もあり得るということだった。

もしかしたら投稿空白期間に中絶が行われ、その悲痛な気持ちのやり場としてツイッターを利用していた可能性はあるし、その時のことを思い出すのも嫌だからその期間の投をがごっそり削除したというのも考えられなくはない。ただ、今日の投稿だと「生まれてくるこどもに」って言ってたからなあ。じゃあ妊娠中かーとなんかもうミルクボーイの漫才みたいなことになってくる。

過期産だったとして、この週数(52週とか)はまずいし、いくら詐欺男への怒りに打ち震えているからといってその頃まで大切に育てた我が子のことについて一切触れないとは考えにくい。

いったい何が目的なんだろう…でもまあ、こんな最低な話、フィクションであればそのほうが良いわな。あと、僕の読解力の問題で事情を読み違えている可能性をじゅうぶんあり得るんじゃないかということも言い添えておこうと思います。

こういうの含めてのツイッタランド(X)だよなと今日も淀み切った心でパトロールに勤しもうと思います🫡

 

 

 

寝坊とカレー

起きたら6時47分だった。通勤時、家を出る時間である。誰もがそうであるように、「今日、休んじまうか」というフレーズが脳内に雷鳴の如くほとばしった。

だめだ、今日は休めない。仕事で今抱えている面倒ごとのためにひとが出向いてくれて打ち合わせするのだった。解決に向けて動いてくれているひとに不義理はできない。行くしかない…か。

基本的に早めに職場につくように家を出ているので、この時点で家をすぐに出ればおそらく間に合う。しかしそれはできない。

シャワーあびてえっす。

折に触れて繰り返しているが、前日に入浴をしていたとしても、夜を超えたおじさんは公衆衛生上大変に好ましくない存在となる。下手したら12時間以上前に入浴し、挙句汗もかいて脂を発生させる睡眠というアクティビティを経ている。ひとに会うというのだから余計にシャワーの必要性が増すというものだろう。

あれこれ理屈を並べてはみたものの、ま、いいや。遅れちゃったら遅れちゃったで。ふだん時差勤務で早く出勤してはいるけど、勝手に早く行っているだけみたいなところあるし、遅れたらその分後ろ倒しで働けばいいかと脅威の開き直り力でシャワーの儀を決行した。

結果、なんだかんだで普段の始業時間には間に合った。特別に焦ったり急いだりしたわけではなかったのだけど、間に合ったので結果オーライである。

ただ、きちんと早起きして準備している普段はなんなのだろうという腑に落ちなさはある。昨日は結局15分くらい遅く家を出ただけだったし。なんだろう、いつもの朝の時間は3分ずつくらい未来へタイムトラベルでもしていたんだろうか。気づいてないだけで3分おきに寝落ちしているのかもしれない。朝の寝落ちは未来へのワープだものな。

定刻には始業し、お昼近くに打ち合わせ。個人でもうどうにもならないなと思っていたことがやっと動かすことができることになりそうな実りある打ち合わせとなった。が、今日結局僕がどうにかしなければいけない空気になっていた。ぐぬぬ

お昼は少し前にたまたま通りかかって気になっていたカレー屋とした。

知っているビジュアル

お皿にあるように白洋亭というお店なのだけど、写真を見てピンとくるひとがいるはずだ。日乃屋カレーじゃん!と。もしくは上等カレーでも可。でも僕は日乃屋カレーの方が馴染み深いので店の外の写真を見たときから日乃屋カレーとの関係性がないわけがないと睨んでいた。その検証も兼ねての来店である。

今の時代調べればネットですぐ答えに辿り着くことはできるのだろうけど、あえて調べずに訪れた。そのほうが「やっぱりね」への道のりを楽しめると思ったのだ。答えがわかっている状態で答え合わせのごとくこの点とこの点が同じだからね、というのも味気ない。発想が昭和かもしれない。今の若い衆はもっとタイパよくクレバーに行きとるんでしょうな。

食べてみた感想としては、言うほど同じでもないか、であった。でも家族ではないにしてもいとこくらいの距離感ではあるし、そのいとこと同じ学校に通っているくらいには近いところにはいるもの同士である。そりゃ他人だけど無関係ってことはないでしょうレベル。

参考までに日乃屋カレー

参考として日乃屋カレーの写真も出してみたけど、やっぱり言うほど似ていないような気もしてきた。でもなんというか、”やり口”に同じものを感じるんだよな。あとカツは両者ともに独特の薄さという共通項がある。

ぶつくさ言ってみたところで自分の舌ではどうしても確証を持てなかったのでインターネッツに頼ったところ、ザ・王道の大阪発祥の甘辛カレーですねという意外な着地点となった。え、そうなの。

大阪のカレー事情に明るくないけど、白の楕円のお皿に盛り付けて、薄いカツを乗せて、ちょっと少なめの甘辛ルーをかけるというスタイルが確立されているのか。知らなんだ。このスタイル、日乃屋カレーくらいしか知らなかったからな。やり口が同じとか言ってすまんだ、白洋亭よ。

これは家系ラーメンをよく知らないまま地方で出会ったとして、まったく違うお店で修行していた2店を同系列といぶかしむようなものだろうか。味は似ているし丼も青いし、具のチョイスも同じ。よく知らなかったらそれくらい思ってしまいそうだ。

両者の関係性をごりごりに疑ってかかったのにふわっとしたところに辿り着いてしまってお恥ずかしい限り。僕が知らないだけで土地のカレーってラーメンばりにあるのだろうか。教えて、カレー博士🍛

 

 

ピュアな心を失った斜め世界

もう40歳を超えていながら、感性がこじれていると感じることは往々にしてある。しかもこの年齢になるとここからピュアな心を取り戻すのは無理だ。それは別によい。これはこれで楽しくやっていけている。

ただ、あまりにこじらせており、なおかつその期間が長くなってくると、こじれてない状態ってどんな感じだったかわからなくなってくるのだ。物事に対して斜に構えるのがデフォルトになってくるともはや世界は斜めであるのが普通になっており、まっすぐである状態のものを見たときに斜めに見えてしまうという現象が起こる。

以前、職場の同じシマで働いていた委員長タイプの女性(すでに異動済み)が結婚した際、その報告をしてくれたのだけど、その届出の年月日が2022年の2月22日だった。しかも深夜の2時22分。

いや、違うの。違うのよ。そういうひともいる。そういうの好きなひとがいるのは理解できる。けっこうなことじゃないの、おめでたいじゃないの。キリ番ゲットー!っつってね、「おめでとうございます!」ってそりゃ言いましたよ、僕だって善良おじでいたいですから。

しかし、その報告を受けた瞬間、内心では「うわ〜…」と思ってしまったのだ。やってんなーという気持ちがあらゆる感情を押し除けて脳に超高速で躍り出てきたときには自分でも感心するほどこじれまくっているなと改めて自覚した。

ピュアな気持ちを持っているからこそ何のてらいもなくキリ番で婚姻届を提出できるのだろうなと思うわけだけれど、こじらせ側からすればむしろそこに何か血の誓いでもあるんじゃないかと勘繰ってしまうのだ。それが前述の真っ直ぐの世界が斜めに見える現象でもある。

家だったらボールを置くまで斜めになっていることが気づかないくらいに欠陥住宅なのに平気な顔して住んでいた人間がフラットなお宅にお邪魔して「曲がってない?」と言い放つようなものだ。曲がっているのはお前さんちの床だよ。理解できないならボール持ち歩いとけって話である。

もうこんなよ

ただまあ、ひとは多かれ少なかれこじらせているものではあると思うので、それが人間関係を悪化させる火種になるとかでなければ世界は大いにこじらせていれば良いと思う所存です。このケースも炎上は避けたことですし。

ちなみに、上司は報告を受けた際「え〜、そういうことしちゃうタイプなんだ〜」と聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで心の声が漏れていた。ちょいと、なんかのハラスメント認定されるぞ、と思ったが泥舟には乗りたくないので関与は避けた。まあ基本的な感想の方向性は僕と一緒なので気は合っているんだけれども。

もうひとつちなんでおくと、この話を妻にした際「え、ない」と一刀両断だった。夫婦仲良く忍者屋敷みたいな床の家でよろしくやっていこうと思います。🥷

 

 

 

 

モハメッドとメモパッド

はてなブログ今週のお題は「習慣にしたいこと・していること」だそうで、まさしくこのブログこそが習慣そのものである。週に3回の透析の時に合わせて更新をするというのがざっくりとしたルールであるわけなのだけど、最近はその習慣が乱れてきてしまっているように思う。

1回の透析の時間は4時間もあるわけで、4時間もあればブログを1本書き上げることはできるだろうなと思って始めてみたが、これが週3回となってくるとネタも尽きてくるものがある。

それだけでも更新ペースに問題が出るところではあるが、ここ最近は透析中に寝倒してしまっているというのもあってそのペースが乱れてしまっているのだ。疲れてるんだろうか…もしかして。

書くまでもないことながらも書くことがないというまでは何もなかったわけではない。この1週間といえば雨続きで、この時期の長雨はさざんか梅雨だしやっと季節が進むのかと思ったりしたこと。そうは言っても久々に通勤と雨が重なって袖が雨でしゃれにならないくらいに濡れて「こんなだった?」となんだか信じられない気持ちになったこと。100円ショップに買い物に行ったところ、電子モハメッドという奇特な商品が売っているなと思ったら電子メモパッドだったこと。そしてそれが550円で、今や100円ショップって言い方している自分の方が時代遅れなのだなと痛感したことなど、誰にも言わないけど心の中でひっそり思っていたことなどが山積したいたのだ。

まず、電子モハメッドってどういうことなんだろうと思うよね

そういうものを書きしたためるのが当ブログであり、それ以上でもそれ以下でもないのが本ブログなのである。

なのである。キリッみたいな雰囲気だしたけど、言ったようで何も言っていない。なんなら言ったようですらない。ぼやきが主体のコンテンツなのでまあそりゃそう。でも一応自分の中でこれだけは守っておこうかなというルールみたいなものがあって、

①1記事1000字以上は書こうかな。

②ひとの悪口はかかないでおこうかな。

この2点だけは守るようにしている。①については数字なので自分で把握しやすいものであるのだけど、②については主観だけでは把握しづらい部分ではあるので自己評価だ。でもとりあえずルールを逸脱していたようなことはしていないと自分では思っているので、もしひと誰かの悪口言ってるなーと思ったたのだとしたら、それは悪口ではなく口の悪い人物紹介だと思ってください。よーくみると愛がうっすらと透けて見えてくるはず。

ブログに関してはここ5年くらいで習慣にすることに成功したと思えるけど、本当はもっとも習慣化したいのは運動だったりする。これは人生通してやってこなかったことなのでなにをどうすれば習慣となるのかが皆目検討がつかない。僕と同じじゃないなまでにしても、運動をまったくしないひとがそこそこ(がっつりじゃないというのがポイント)運動するようになった成功例があったらまじで本当にぜひ教えて欲しい所存です。よろしくお願いします!🙇

オフィスの強おじ、かんぺいちゃん

超絶てきとう人間である。それはもう自分でもどうかと思うほどに。部屋の片付けは苦手だし、細かいことに気が回らない。そして大概のことは「ま、いっか」となりがちである。

しかし、そんな人間でもどうにも気になることはある。仕事で共有のエクセルファイルで入力項目を入力し終えたあと、セル選択を左上(A1)に戻さず保存をしてしまったりすることに若干の苛立ちを覚えるのだ。行数が多いファイルだとファイルを開いたときにファイルの最初の方に入力された項目に気づかないケースなどがあったりする。あとはフィルターをかけたまま上書き保存したりも気になるな。

それを職場で隣の席で働くかんぺいちゃん(声が間寛平に似ている)が繰り出してくるのだ。かんぺいちゃんは僕とまったくタイプの違う人間なので気になるところが違うのだろうと思う。ジョブ、絶対モンク僧とかだし。あと、僕がそういう状態で保存されたファイルを開いたとき、見えていない部分を見落としがちな人間なのでそれは自分が注意すべきだということも自覚している。

でもやっぱり気になるじゃない。男には自分の世界があるのよ。しかしそう思いつつも指摘することができないでいる。それは僕がてきとう人間だから。ふだんあれこれずるっとやっているのにそういう細かいことには口だしてくるんかという引け目を感じてしまうのだ。いい加減なわりにはちっせえことを気にするタイプの面倒な存在、それが僕だ。ま、可視部分以外にも想像力をはたらかせていきたい所存。それで済むのならそうしていくしかないだろう。かんぺいちゃんが自発的に気づく日はおそらく訪れない。

あとは、実害という部分ではあまりないのだけど、かんぺいちゃんはメール文中によそからコピーした文言等をそのままCtrl+Vでペーストするという豪放な部分があるので、メール文中で書体が変わっていることが往々にしてある。ゴシック体で始まったメールが明朝体で終わったりするのだ。あれも気になる。というかこれも僕が気にしすぎているだけで一般的にはあまり気にならないものなんだろうか。文の内容が変わっているわけではないしな。

まあ、考えてみれば音楽で言えば途中で多少強引な転調をしたり、メタルやってると思ったら突然ボサノバになったりするような曲調の変遷は好みは分かれど玄人受けする傾向にある。それを考えるとかんぺいちゃんのメールも玄人向けということになるのかもしれない。

そういう意味でとらえるのであれば僕もオフィス玄人になるべく、かんぺいちゃんのメールを「ほ〜、そうきますか〜」と楽しむ余裕を見せなければ。かんぺいちゃんのメールはオフィス界のderringer escape planなのだ。

なんかかんぺいちゃんをディスってるみたいな内容になっちゃったけど、かんぺいちゃんは善良な強おじなのでうまいことやれていることはご報告しておこうかと思います。



 

あの頃が動き出す

新宿、渋谷、池袋といえば日本3大繁華街と言って差し支えないだろう。アジアという規模で見ても良いくらいかもしれない。週末はその中のひとつ、渋谷に赴いた。バンド時代の古くからの友人がギターを弾いているバンドが解散ライブを行うというのがその理由だ。

会場は解散ライブにふさわしく、満員御礼。バンドが持つ曲の雰囲気も相まって荘厳かつ神秘的であり、良い意味で儀式的なものを感じた。ボーカルの方が他界しており、すべてかつての再現とはいかなかったが、心を動かすよきライブであったのは間違いない。

なんというか、うまく表現できない部分はあるのだけど、メンバーが亡くなっているなか、きちんと解散ライブを行ったというのはファンにとっても、そのバンドのメンバーさん自身にとってもとても重要なことだったのではないかと思う。2度と”あの頃”を再現できないからこそ、けじめをつけるという意味で。

rowtheのみなさん、お疲れ様でした。

 

ここ数年、コロナのことはあったにせよ、ライブハウスに足を運ぶという動作がすっかりなくなっていた。同じ時代に活動していたバンドの活休や解散、その他事由により共通の目的をもってライブハウスにその当時の仲間が集まることがなくなっていたため、今回のrowthe解散ライブはそういった距離が生まれていた仲間内を再集結させる役割も果たした。

どれだけ短いひとでも4年は会ってなかったんじゃないかなと思うのだけど、会えばかつての地下空間の空気。酒なんて飲んだ日にはここURGA(かつて歌舞伎町に存在してライブハウス)なんじゃない?くらいにだらしない空気(褒め言葉)になっていた。

最近こんな自分でも会社員として過ごす時間がそれなりの時間を占めており、ちゃんとしなきゃいけないという部分を無意識ながらにもっていたのだと思う。それだけにここでの時間は大変にろくでもない(褒め言葉)ものであったと言える。

そうなってくると浮上してくるのが打ち上げ問題である。ライブ終了後の中打ち(ライブハウス内での打ち上げ)を経て、地上へと這い出る頃、誰かが言い出すのだ。

「この後終電まで飲みますけど行きません?」と。

通常の感覚なら「おやいいねえ、終電まで行っちゃいますか」であるが、僕は知っている。ここでいう”終電”とは鉄道会社が設定したその日の最終電車を示すものではない。「参加メンバーの大半が帰る時間=終電」なのだ。

確かこの時点で時間は22時半頃。この時点から飲み屋に行き、なんだかんだと楽しく過ごして終電の時間までの2時間程度で終わるわけがない。帰らなきゃと口では言いつつ、終電を逃した瞬間「おっしゃ、やったるぞ」となる未来が見える。

見えてはいながらもその終電を逃した瞬間の盛り上がりも知っているだけに、その空気を味わいたい自分もいる。これには迷った。逡巡どころか49:51くらいで行くくらいの気持ちになっていた。だって終電までって言ってるからね。本当に終電で解散するかもしれないし。ちなみにこの日、妻からはライブが終わったらきちんと帰ってくるように釘を刺されている。事情知ったる妻。

結果、後ろ髪引かれまくって別れを告げ、帰路についた。後ろ髪を引かれていたどころか魂はそこに置いていった感すらある。

そして今日、どうやら朝まで飲んでいたようであることを知る。やっぱりね、そりゃそうよね。あー、めちゃくちゃその場にいたかった。でもその場にいたところで朝まではもたなかったんだろうな。途中で寝ちゃって朦朧としたまま始発で帰るとかいうあの苦行をきちんと避けたというのは成長かもしれない。あと家庭内不和を防いだ点でも及第としておこう。

今回こうして再会できたことをきっかけにまた何気ないことで顔を合わせ、馬鹿話でもできればなと思ったりするので、自分からもその機会を作ろうと思うし、これを見ているその当時の誰かがいるなら、お声がけくださいね。

バスケットボールストリートってどこいったんでしょうね