普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

CookDo食堂、いけちゃうんじゃないか

CookDoに全幅の信頼を寄せている。今までCookDoを利用して外したことがない。材料、調味料を揃えればもしかしたらCookDoを超える中華料理を作ることはできるかもしれないが、手間、コスパから考えればCookDoに軍配があがることは明らかだろう。特に”醬”の類はそのときのために買ってはみたものの普段作る料理への汎用性が著しく低く、冷蔵庫のはじの方で静かに賞味期限を迎え8割がた残したまま廃棄というギルティが発生しがちだ。これに関しては僕の料理の腕とレパートリーの問題なんだけれども。

それを考えるとやはりCookDoなのである。”醬”をひとつ購入するのより安価で購入できるのがCookDoだ。下手したらよくわからん街中華の料理修行なんかしたんだかしていないんだかわからないオヤジの作った中華料理よりCookDoのほうがおいしい可能性すらある。いや、言ってしまうとこの間近所の街中華で買ってきた回鍋肉はおいしいにはおいしかったけど、「これならCookDoの方がおいしいね」という着地点に落ち着いてしまった実例もあるのであながち突飛な意見でもないのではないだろうか。

そこで思ってしまったのだ。

街中華でCookDoを使って料理を提供されたら「おいしっ…!」となってしまうのでは、と。

言ってみたらCookDoと気づけるかどうかという話であるが、僕は気づけないんじゃないかと思う。普通に「このお店の青椒肉絲、好みの味だなあ」とか言ってお酒を飲んじゃうと思うのだ。そりゃそうでしょうね、CookDoだからね、としか言いようがなない。さらにいうなら油通しなどはするだろうし、強火で調理されると思うので、家で作るCookDoよりもグレードの高い料理が提供されることになるのだ。なんだそれ、もう良いことしかないぞ。おいしくならない理由が見当たらない。むしろその至高のCooKDoを食べたくすらある。

このような話を行きつけの飲み屋のマスターに話し、「CookDoって気づけると思います?」と尋ねたら「いや、気づけないんじゃないかなあ」との回答だった。マスターは料理の腕は確かなひとで、作ってもらうものは大概おいしい。そのマスターが言うのだからCookDoのレベルもまた確かなものということなのだとお墨付きをもらった気分となった。僕はCookDoの何かという話であるが。

こうなってくると、CookDoで調理していることをフルオープンにした中華屋があったとしても僕はまったく抵抗なく入店するんじゃないかと思える。以前渋谷駅にあったラ王スタンドみたいなもので「そういうもの」としていただくのだ。悪くないと思うんだけどな。味の素さん、やりませんか、CookDo食堂。やんないならむしろ僕がやりたい。

そういえば「これは気づけないシリーズ」で他にもあがったのがセブンイレブンの金のシリーズで、これに関してはかなり前にアルバイトをしていた飲食店でロコモコのハンバーグをセブンのものを使っていたことがあったが気づかれなかったのでガチである。もう閉店してしまったお店の話だし時効だからいっかと思って書いてはみたものの、そんなことしているから閉店しちゃうのかなとも思ってしまった。魂とかあるタイプの店主じゃなかったからな。

それを考えるとCookDo食堂はコケる予感しかしないので世の街中華店主におかれましては魂をもって中華鍋を煽っていただきたい所存です🍳