普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

人生最初で最後の”徹夜組”となった話

ドラクエ5が発売31周年らしい。1992年か。その年に生まれた子だってもう立派に大人、というか中年に片足を突っ込んでいるわけなのでそりゃ自分もおじさんとして磨きがかかっているはずである。

ドラクエ5と聞いて思い出すのが当時のその人気から予約不可で並んで購入したことだ。たしかドラクエ3あたりからドラクエ人気が尋常ではなく、並ばないと購入できないものの代名詞としてドラクエが君臨していた。今でいうiPhone発売日みたいなことである。

当時の僕のゲームへの熱量たるや相当なもので、発売日になんとしてもプレイしたいという思いから母に懇願し、前日深夜からいまは無きハローマックおもちゃ屋)に並ばせてもらったのだ。ちなみに当時病気がちな中学生だった僕を夜中に放り出すわけにもいかないという理由で母は店の駐車場、車中で待機してもらっていた。いや本当に申し訳なさしかないな、いま思うと。

で、並んだわけです。一晩中。僕の前には3人組の高校生くらいの兄さんたちが並んでいた。これなら確実にドラクエを買える!と、あとは時間が過ぎるのを待つのみと肌寒くなってきた初秋の夜を心躍らせながら過ごした。

もう30年以上前なのでどんな感じで過ごしたかというのは正直あまり覚えてないのだけど、前の兄さんたちのトークがなかなか軽妙であったことは覚えている。兄さんのひとりが徹夜に備えて飲み物を用意しており「おれはバードドラゴンティーを飲むぜえ」と言っていてなんのことだろうと思ったら烏龍茶のことだったり。大人になってから「クロウドランゴンティー」なのでは…と思ったりしたが。暗かったからね、鳥と烏の違いに気づかなかったのかもしれない。

ともあれ、中学生にもなって21時には眠くなってしまっていた僕にとってこの徹夜は相当にチャレンジングなことであったのは間違いない。それだけドラクエやりたくてしょうがなかったんだな。健気といえば健気だけど欲に対して身体を張りすぎなのではとも思ってしまう。

夜も更け、違和感に気づく。

「あれ?僕の後ろ、誰も並んでないな…」

実はドラクエ4購入時も並んでソフトを購入していた。そのときは早朝から並んでいたのだけど、列に加わったときには前に何十人も並んでおり、「しくじった。これは買えるかどうか微妙なところだぞ…」と祈るような気持ちで開店時間を待ち侘びたという経緯がある。

ドラクエ5スーパーファミコン初のドラクエである。話題性だって前評判だって確かなものだった。並ばずに買えるはずがない。その結論に辿り着くのは、ラーメンマニアに家系ラーメンを提供したらスープ完飲くらいに自然なことである。そして並んでまで買えないという徒労は絶対に避けたい。これらの事実から前日深夜から並ぶのは必定。むしろ前日の営業中から並んでも良いくらいである。

そう思っての意を決した”徹夜組”への参戦であったが、結果からいうと夜を徹したのは前の兄さん3人と僕だけであった。開店1時間くらい前からぽつぽつとひとが集まり始め、きちんとした行列となったのは開店後。

徒労〜〜

こっちの徒労があったか。まったく想像せなんだ。中学生の僕はドラクエ4を買ったときと色々条件が異なることを全く考慮していなかった。

まず購入場所。ドラクエ4を購入したのは横浜、ドラクエ5は静岡の片田舎である。この時点で購入希望者数の分母が違い過ぎるので開店前の行列ができる可能性が著しく減少する。そして静岡県民という県民性もこういった血気盛んなイベントと相性が良くない気がする。静岡に越して半年程度の僕と母にはそのあたりの事情を察することが難しかったようだ。

結果、買えたからよいし、時間が経ってもこうして思い出みたいなものとして語れる経験になったのだからよかったと言えばよかったのかもしれないけれども。もちろんドラクエは思い出に残る名作だし、何度プレイしても結婚相手はビアンカしか選べないけど、作品のクオリティ以外でもわりと思い出深いというお話でございました。