普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

吉村家と崎陽軒のおかげで少しだけ胃カメラに心を許すことができるかもしれない

年に1度のお仕置きタイム、健康診断に行ってきた。

何がお仕置きかって胃カメラである。あの所業、医療行為の皮をかぶってはいるが、間違いなく責苦でしかない。あれがある以上どんなに健診のクリニックが最新であろうと清潔であろうと拷問部屋となるのだ。

胃カメラがあんまりにも嫌なものだから東京に住んでいるのに横浜のクリニックで健康診断を予約してしまった始末。どういうことかというと、胃にカメラをぶち込まれるほどの苦痛のあとにはご褒美が欲しい。「あ💡横浜に会場ある。じゃあ健診のあと吉村家(家系ラーメン発祥の店と言われる)食べちゃおう🍜」というわけである。我ながら軽薄ではあるが、自分の機嫌は自分でとる。そのくらいの楽しみがないと腹の足しにもならない無機物を飲み込んでいられない。

朝、湘南新宿ラインに乗り込み横浜へ向かう。景色が都内のそれとは異なり、”お出かけ感”を感じることができた。20代の頃、金はないけど時間はあるといった不毛極まりない時代に実家に帰るのに普通列車でよく帰っていたのを思い出しエモい気持ちに。あの頃から考えれば暮らし向きがだいぶよくなったな…

横浜へ到着。知らない土地なので早めに着くように時間設定をしていたが案の定迷う。迷った通路の壁に味わい深い張り紙を発見した。

ひとつひとつ言ってらんないんでしょうね

ざっくりと、しかしクリティカルに要望を提示している。ここではなんかもう色々あるんだろうなあというのをうかがわせる張り紙だ。横浜の洗礼と受け取ることとする。

迷いながらも健診会場に到着。入り口でスリッパに履き替えた際、やけに大きなスリッパだなと思ってぺったんぺったん歩いていたが返却時によく見たら「大きな足の方用」と書いてあった。そりゃでかい。こどもおじさんぶりを遺憾無く発揮してしまった。

こうして健診の火蓋が切って落とされた。それ専用の施設なだけあってとにかく手際がよい。あたかも工場の生産品がベルトコンベアの上を流れていくがごとく次々と検査が行われていく。胸部レントゲンとか超音波とか専門的な検査も挟まっているのだけど、数をさばいている感が漏れ出ており、山崎パンの工場で丸ごとバナナのバナナを一晩中パンに挟み続けるのと気持ち的にそんなに変わらないんだろうなと思ってしまった。まあ僕ら、社会という工場から生み出されたプロダクツですけども。

ちなみに、問診だの検査結果を知らされる際に医師と会話をするのだけど、その医師すら超絶流れ作業で目が死んでいた。それはまあ病院勤務のひととモチベーションがまったく異なるのは仕方ないよなと気にしないこととした。

そしていよいよ胃カメラである。結局胃カメラは最後の最後だった。大ボスも大ボス。検査結果を伝えられた後で胃カメラなのでドラクエで言ったらエンディング後の裏ボスみたいなものだ。ダークドレアムだ。

説明をしてくれた係のひとは元気に「お口から、鎮静剤なしですよね!」と確認してきたが、経鼻胃カメラは僕が鼻が小さいため物理的にカメラが通らず、鎮静剤については全力で希望したが使用できる施設の予約が年度末まで埋まっているという絶望的な回答により仕方なしに不使用を選んだまでだ。係のひとの呼びかけに

「はい…」

これから刑でも執行されるんじゃないかという様相で肩を落としたまま答えるしかなかったのはいうまでもない。処されているには違いないんですが。

いよいよ胃カメラ本番。覚悟を決めているとはいえ緊張もするし身体もこわばる。そしてなんなんでしょうね、胃カメラの技師のひとってなんであんなに意地悪そうなひとがあてがわれているんでしょうかね。嫌すぎてそう見えているだけなんですかね。

ぐいぐいと押し込まれるカメラ。今回はモニタを見る余裕はなかった。それにしてもゲップがすごい。「さっきも言いましたけどゲップは我慢してくださいねー」と、技師。いや、わかるよ。わかってるんだけどね、胃に空気送り込まれたら誰だってゲップするわい。出ない方が問題だわ。お前さんだって同じ立場になったらげふげふ言っちゃうよ?せめて”さっきも言いましたけど”っていう意地悪っぽい言葉のチョイスだけなんとかなんなかったのかな。僕がゲップしすぎ説については異論ないですけどね。すまんなさい。

こうして永遠にも思える地獄の5分間を終えたのであった。去年よりは憔悴しなかったかもしれない。僕が慣れたのか、意地悪技師が上手だったのか。とにかく事後余裕があったのは助かる。なにせこの後ラーメンですから。

こうして健診はコンプリートし、施設を後にしたのだった。

さて、いよいよ本日のメインイベント、吉村家である。このために健診(というか胃カメラ)を頑張った。そして場所を横浜にしたのは100%このためだ。颯爽と吉村家へ向かった。そしてたどり着き、まずは覚悟を問われる。

知ってはいたけど行列がすごい。店前だけだとそんなに多く見えないが、店裏にこの倍以上並んでおり、ざっと50人くらいはいたんじゃないかと思う。行列を確認し帰ったひともちらほらいたけどそれはまあそうだよなとも思える。とはいえ、待ち時間の目安としては60分と看板が出ており、人数のわりには待たない印象。ラーメンだし回転も早いということなのだろう。

ここまで来たのだからと覚悟を決めて行列最後尾に並ぶ。僕が並んだあとも次から次へと行列の人数は増え続けた。今日はまだましだったけど、炎天下の中この行列は厳しいだろうなあ…

人数はいるものの、一定時間ごとに結構まとまった人数分列が進む。30分待った頃には店前で食券を買うように促された。そして券を買って列に戻ると店のおかみさん的なひとが「さっきのあとの1名さん、いないけどどうなんてんの?」と行列をさばくお兄さんに確認していた。

「この方です」

指さされる僕。え?たぶん違うぞ、お兄さん。とは思ったものの、お店の行列さばきがどう行われているのかよくわからなかったので案内されるがままカウンターに座ってしまった。できるだけ急いで食べますゆえ堪忍な。

行列店だけあって1度にいくつものラーメンを提供することに慣れている。さっきの健康診断と同じだ。ここもまるごとバナナだった。こうして速やかに今日のご褒美が眼前に現れた。

赤と黒コントラストが良い

実はもう15年くらい前に1度だけ吉村家を食べたことがある。そのときの感想は「結構しょっぱいなー」だったけど、今回久しぶりに食べた吉村家はかなりマイルドに感じた。前回吉村家を食べてからの間、さまざまな家系ラーメンを食べ、その中にかなり乱暴な塩味をしていたものもあるためそう感じたのかもしれない。塩でぶん殴られるくらいのつもりでいたので肩透かしを食らったような気持ちでありながらも想像していたよりも満足度は高かった。こういうと期待してなかったみたいな感じになってしまうかもしれないけれどもそういうことではないです。塩味に対する覚悟よね、覚悟。知らんけど。

ミッションコンプリートしたし帰るか、と駅についたところで改札前に崎陽軒売店を見つける。妻に土産でも買おう。シウマイだ、シウマイ。ラインナップを確認したところ「炒飯弁当」が目に入る。以前誰だかが通は崎陽軒で炒飯弁当を買うと言っていたのを思い出したので通でもなんでもないが炒飯弁当を購入した。

やや、これよいもの。

吉村家で家系ラーメン食べて、帰りに崎陽軒でシウマイ買ってってもうほぼ観光みたいなもんだったな。これで胃カメラなければ最高だったのになーと思ったけど、胃カメラがなければラーメンと崎陽軒のためだけに横浜に降り立つほどの行動力はいまの僕にはないかもしれないので胃カメラにちょっとだけ心を許そうかと思う。