普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

主役になりきれない遠州焼きこそ愛おしい

上京後数年経ったころ、帰省をした際に晩御飯がお好み焼きだったことがある。わー、お好み焼き〜とはむはむしていたところ、柔らかなお好み生地の中にこりこりとしたしっかりとした歯応えが。

この感じ、たくあん…?でもお好み焼きにたくあん入れる?そう思い母に確認したところ、「たくあんの細切りだけど?」と、さも当たり前であるかのようなリアクション。ただ、たくあんについては違和感を感じるもののそれは良い違和感で、お好み焼きのおいしさを底上げするのに一役かっていた。

もう少し母に話を聞くとお好み焼きにたくあんを入れることについては特別なことではなく、昔からわりと「そういうもの」として食べてきたのだと言う。僕はたぶんその時初めてたくあん入りのお好み焼きを食べたような気がするけど、それは我が家は粉物文化が極めて希薄だったうえ、父が亡くなってからは家族離れて住むようになり、家にいるのは僕と母だけという期間が長かったため家でお好み焼きを焼いて食べる機会がなかったというのもあるのだろう。父が存命中は家族でホットプレートお好み焼きをやった記憶もあるのだけど、父は自分の中の常識にないことにすぐ茶々を入れるタイプだったのでお好み焼きを家族で焼いたことはあったとしても母が面倒でたくあんをいれなかった可能性はある。

たくあん入りお好み焼きについてそのときは「そうなんだ〜。お好み焼きも家によって具材変わるもんだよね〜。」くらいで特に気にも留めなかったが、その後何かのタイミングで調べてみたところ、たくあんを入れたお好み焼きは”遠州焼き”というらしく、静岡県は西部、浜松やその周辺で食べられているものだと知った。

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僕の実家はまさに遠州のあたりなので母の中の遠州ソウルが溢れ出た食卓だったということになるのだろう。「たくあん入れてみました!」みたいな奇をてらった感じではなく、めちゃくちゃ平熱でたくあんが入っていたあたりにエモみを感じる。

僕はこの遠州焼き、けっこうおいしく食べたけどどうもあまり流行っている様子はない。浜松餃子とかに比べると地元で作られていたたくあんを具材として使っていたという謂れのある遠州焼きのほうが名物に相応しいような気がするけどな。浜松餃子って消費量で名物認定されているし、そもそも僕が地元にいたころはそんな話1ミリもでたことないし。

静岡おでんとか富士宮焼きそばは県の中部とか東部の話なので話がこちらまで届いていなかっただけの可能性はあるが、浜松餃子に関してはあきらかに鳴り物入りデビューの子だ。そりゃまあ餃子ってキャッチーだしな。粉物で言えば関西の専売特許だし、元から食べられていたからって言って「あの…この子もよろしくお願いします」ってわけにはいかなかったんだろう。でもしっかり地元民の心に焼き付けられているのだから九州でいうところのばってん荒川みたいなものなんじゃないだろうか。

あとね、僕は餃子については宇都宮にお返ししたほうがいいんじゃないかなと思っておるわけなんです。宇都宮も餃子で長年やってきたわけだし、急に「うちのほうが食ってるんで!」で横取りされたらいい気分しないでしょうよ。

とはいえ、東京で静岡の名物をメインに据えてお店を出すとして、主役にって言ったらやっぱりおでんか餃子になってしまうか。「遠州焼きです!」って言われても何?器?となってしまいかねないし、お好み焼きにたくあん入ってますってアピールしても「なんで?」と言われたら押し黙ってしまう。やはりパンチはも理由もいまひとつになってしまうかもしれない。おいしいのに。でも主役になりきれないその感じ、僕からすると最高に愛おしいので歪んだ愛を遠州焼きに注いでいこうと思う。

そういや浜松には砂丘もある。中田島砂丘

 

 

今週のお題「これって私の地元だけですか」