普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

道筋

物事には順序があって、結果がある。それだけに、とでもいうのか、結果が同じだからといって物事の順序が違えば気の持ち方、向き合い方はまったく変わってくるのだろうと思う。

例えば、好きな女性がいたとして、その女性は現在AV女優であったとする。

元々AV女優であるそのひとを好きになるということと、好きなひとがAV女優になったということでは結果AV女優であるひとを好きであるという事実は変わらないけれど、気持ちは全く違うものになると思うのだ。

自分がその立場だったりしたらやっぱり複雑な気持ちになるのだろうな、どちらの立場であったとしても。違う複雑さだ。

また別の例として、大人気の売れっ子バンドでもポッと出であるのと叩き上げでやってきているかで全く印象は違う。

根性論とか美談めいたものが好きなわけではないけど、やっぱり後者の方が感情移入しやすい。

それを考えると先のAV女優の件でいえば、好きな人がAV女優になっていくという過程をしっている方が結果的に燃え上がるような想いを感じられるのだろうか。

それははたして性癖でないと言えるのだろうか。もしかしてただの変態なのではないだろうか。寝取られとかそういうこと言い出してしまうこではないだろうかと改めて自分の性に対して襟を正さざるを得ない。

わかってる。そういうことではないのはわかってる。でもなんだか言わずにはいられなかった。

これが中年か。あ、これが…不惑にして惑いっぱなし…!

この先惑わないタイミングがくるとは到底思えない。