普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

正義はそこにある

正月ぶりに帰省をし、のんびりした時間を過ごしてきた。実家はいつでも時間がゆるやかだ。

と、思ってしまいそうになるが、やはり着々と変化はしていってるものだ。

今年度から甥は就職し、姪は高校にあがった。甥は関西へ研修だかなんだかのために引っ越していったため今回は会えず。

姪も部活のマネージャー業などで忙しいらしく、あまり話す機会がなかった。

大人だけの時間がわりと多かったように思う。でも前までそれが普通だったんだよな、と不思議な気持ちになった。

これでうちに子供ができればまた雰囲気は変わっていくのだろう。けど、それもいつになることやら。

実家にいたからといってなにか特別なことをしたわけではなかったのだけど、散歩はよかった。なにがかというと、空の広さが都内とまったく違うのだ。

田園風景のなかを歩き、空をあおぐと吸い込まれそうなほどの広大な空間が広がっている。変化のない実家の風景だけれど、遠くが見えて、空が広く見えるという部分はとても好きだ。毎回帰るたびに思う。

当初、海にいったり市街地にいこうと想っていたのだけど、時間が足りずに諦めた。

しかしこれだけは!と、ハンバーグのさわやかにいった。これははずせない。

今やさわやかは静岡の名物といっても過言ではないと思う。そして静岡県内にしか出店していないというレアさ。食べたことで満足感はもちろんあるが、優越感すら感じてしまうほどだ。

ただ心残りといえば、しょっちゅうこれるわけではないのでちょっと冒険したオーダーが出来なかったというところだ。

ハンバーグを食べに行っているのは間違いないのだけど、メニューを見ているとなかなかにして魅力的なハンバーグ以外のメニューがあるのだ。

さわやかを普段使いできればそういったメニューにも挑戦できるのにな。

でもたぶん物流が今以上に飛躍的に発達しない限り東京出店はないだろう。

また帰省時にいき、迷いに迷ってハンバーグをオーダーしてしまうのだ。

変わらない実家風景に変われない自分もまたよし。


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