上京し専門学校に通っていた頃、学校は高田馬場にあった。
学生の街などといわれ、若者が多く、そのぶん若者に寄せた業態も多かったように思う。
そして地方から上京してきた若者をターゲットにしたうさんくさいセミナーだの、ネズミ講のようなものもはびこっていた。
自分は幸いそういった勧誘のようなものはなかったのだけど、周りには誘われた者、誘いに乗ってしまった者、挙げ句学内の友人を勧誘しだす者と身近な出来事ではあった。
そんな街、高田馬場は新宿区だ。
大久保は隣街だし、新宿駅エリアもわりと近い。
その頃の新宿は今よりもずっとホームレスが多かったように感じる。
高田馬場にもちょこちょこホームレスは見られた。
そのなかでも異彩を放つ有名人がいた。
名をパイパイおじさんという。
おじさんとはいってもおじいさんといった方がしっくりくるような見た目で、ホームレスの中でもかなりの熟練者の類いではと推測していた。
季節を問わずニット帽、片足はビニール袋を靴にしつらえた物。そんな出で立ちだった。
そして、学生がおじさんの横をすれ違うときに片手をあげ、
パイパ~イ
と、軽快に挨拶をしてくるのだ。
そこからパイパイおじさんの名がついたのだろう。
でももしかしたら今思えば普通にバイバイって言ってただけなのかもしれないな。
そういった姿はそれだけなら害があるわけでもないので、見かけたら学生たちもパイパイおじさんに対しての呼びかけを行うというのは日常だった。
しかし、である。
おじさん絶好調の日にぶちあたってしまった。
いつものようにおじさんに対して呼びかけを行ったところ、裏返らんばかりの声で
ケツ穴、あいてるよぉぅ!
と返してきたのである。
なんだ、それは。そのパターン知らんぞ。
というかそもそもそれどういう意味で言っているんだ。
あいている、というのは開いているという意味なのか。そしてこちらのケツ穴のことなのか。そういうことであればそのご指摘はありがたいが、必要なときだけ開く仕組みになっているので心配無用だ。
また別の可能性を考え、あいている=込み合っていないという意味ともとれる。
込み合っていないということはおじさんのケツ穴フリーであるということだ。
そんな部分をアピールしてきたことになる。
いや、知らないだけで普段は予約でいっぱいなのかもしれない。
そこはおじさんの親切心ともいえる。
そういった部分ではありがたさもなくはないがどうあっても遠慮願いたい申し出である。
逡巡ののち、どうしていいかわからなくなった僕は
パイパ~イっ!
と言い放ち、振り返らずにその場を去った。
不思議なことにパイパイおじさんの記憶は自分のなかでそれで最後。
あまりにこのエピソードがインパクトがあったのでその後のパイパイおじさんについて印象がないだけかもしれないけれど。
ホームレスも色々なひとがいて、なんだかやたらしっかりしてるひと、絵にかいたようなだらしないひと、で、パイパイおじさんのようなひと。
パイパイおじさんのようなひとは正直少し気を病んでいるのかもしれないと感じるのだけど、それは病んでいるから(パイパイおじさんのような)ホームレスになるのか、ホームレスになったからパイパイおじさんが生まれるのか。
自分も気質として絶対にならないとは言いきれない自覚があるだけに気になるものである。