普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

お金は使ってくれるひとのところへ行くっていうけどさ

4,630万男の件、ちょっと騒ぎすぎなのではないかなとは思いつつ、そりゃ騒がれるよなという納得感もある。何より文句言われるスキがありすぎる。報道の内容がすべて本当なのだとしたらあまりにも浮世離れした思想を持つ人間であることは間違いないのだろう。もはや無頼。

たぶん多くのひとが同じことを思っていると思うのだけど、4,630万円が自分の口座にいきなり振り込まれていて「ラッキーっ!」てなるか?というところである。あらかじめそれくらいの額が振り込まれる予定の仕事を終わらせていたとかならわかるが、おそらく彼はそんなビッグディールをこなしてはいなかっただろう。

そうなると本当に脈絡なくあの大金である。ふつう怖くなっちゃわない?これ、僕がビビりなだけなんだろうか。むしろ押し貸しとかだってあるわけで、不自然なお金の動きには注意するにこしたことはない。

でもSNSで「いや使っちゃうでしょ」とひとはやがて死ぬくらいの当たり前のことをいうテンションで言っていたひともいたのでわずかながらでも今回のようなタイプのひとはいるのかもしれない。

 

彼の行動がトリッキー過ぎてどうしても彼の動きに目を向けてしまうが、今回の件、僕はそれとは他にふたつのことが気になっている。

 

まずはオンラインカジノ。これそもそも違法じゃないの?なんで摘発されてないの?とふつうに疑問だったので調べたところ、カジノの運営自体はカジノ合法の諸外国でライセンスを得た企業が運営しているため、日本の法律にそのカジノを摘発できる法律がないらしく、摘発に至らないらしい。そもそも賭博法では運営側を検挙することが目的で、運営に違法性があったからそこでの遊戯者たちも御用という理屈らしい。

ものすごくグレーな話であるけれど、法律ができた時点ではこのようなプレイスタイルが出来上がるとは露ほども思わなかっただろうし仕方ない話かもしれない。逆に今回の件でオンラインカジノ摘発するためにお上が躍起になっちゃったりしたら今回の振り込まれ男、かなりのギルティーである。

カジノについてはそういうことなら、といったん飲み込んでおくこととする。

 

あとはそもそもの話なんだけど、すげー額誤入金しちゃってる役場の職員さんよ。どういう処分を受けたんだろうか。個人的には懲戒免職クラスは堅いのではと思っている。ただの業務的なミスとはいえ、その規模が桁違いだ。そのうえ最も振り込んではいけない人間に間違えてはいけないミスをした。

ひとりの男の人生を狂わせたと言っても過言ではないだろう。もしかしてふたりの間、なんかあった?「あいつなら使い込むな」ってあえて大金振り込んでしまったりしたのだろうか。そうなのだとしたら思惑通りすぎて笑いが止まらんだろうな。そのあと懲戒免職になって真顔になるんだろうけど。

 

この振り込まれ男、刑務所に入るのはイヤみたいな素振りを見せているようだけど、仮にそれが叶っても仕事も見つからないだろうし、本人バレしたらただではすまない(過激なひとたちから)だろうしなど考えると塀の中で寿命の1年くらい前まで3食たべて、規則正しい生活でもしたほうがいいんじゃないかな。

 

そんな大金には無縁のあたくしは4,350万円あったら84万5,000杯は食えてしまうという久々のラーメン写真でお別れしときましょうか。

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うまい棒なら465万本いけるよ!

 

 

ギターソロ需要はどうも低いらしいけど、確かな需要はあるんだよ

話題としては少し遅いのだけど、最近楽曲のギターソロが不人気らしい。特にサブスクを好んで利用する若い世代にその傾向が多いと聞く。

そりゃまあ楽器に大して興味もなくて、楽曲を聴くときは「歌」を聞いているという意識のひとからしてみたらイントロ、間奏等は刺し盛りのツマ、いやなんかあの赤い海藻とかくらいにしか思えないのかもしれない。おれは刺身(歌)を食っているんだ。添え物など頼んだ覚えはないと。

でもね、考えてもみてくださいな。お刺身の舟盛りに添え物なしにお刺身だけを隙間なく盛られてたらシズル感もなにもあったものじゃないじゃないの。ツマで高さを出したりして、そこにお刺身をファサっと飾る。そうすることによって食欲をそそる華やかさというものもでるものだ。

イントロとかギターソロも楽曲によってはそういう役割を果たしていると思うのだ。ゴリゴリに自己主張するギターソロもある、というか僕が好んで聴くジャンル(メタルとか)においては主に自己主張の場であったりして、お刺身の土台かと思ったら土台にヒレステーキ使っちゃってました的なことも往々にしてあるのだけど、それもまた味というものである。お刺身とヒレステーキを同時に食べられて一挙両得、すたみな太郎的楽曲である。こうなるとアウトロは自分で作るソフトクリームとかだな。メタルではないと言われてしまいそうだがderringer escape planなどは悪ふざけと思われても仕方ないほどになんかいろいろ弾く。食べたらおなかこわす。

メタルに関しては楽曲界のスタミナ太郎だが、大概の音楽はそれよりも繊細に作られている。そのぶん繊細なギターソロを聞かせてくれる。そういう上品な刺し盛りをお伝えできたらと思っていたのだけど、残念だけど手持ちの弾がない。たしかスピッツとかよかったんじゃないかなあ…(遠い目)くらいが精一杯であるところに申し訳なさしかないが見捨てないでやってください。

あれこれ言ってはみたものの、結局ギターソロの是非は言っても好みの問題だ。飛ばしたければ飛ばせば良い。でもそうするとほんの少し寂しがるおじさんが発生するのだということを心の片隅においていただきたい所存。

ここまで言っているんだからオススメのギターソロはないのかという話になろうものだろう。あります。ありますとも。いつも心の中で響き続ける格調高き調べが。

なんか本気すぎて恥ずかしいのだけど…

聖飢魔II:蝋人形の館

こちらをご紹介したい。この曲のギターソロが本当に好きで、折に触れては聞いているし、当然自分でもギターでコピーし弾きまくった。本当は動画を貼るところだと思うのだけど権利とかそういう大人なアレもあると思うので各自検索して堪能されたし。ほんと情緒でしかないので。

聖飢魔IIといえば見た目やボーカルのデーモン小暮閣下のキャラが立っているためおふざけ要素の強いバンドと思われがちだが、その楽曲は粒ぞろいである。その中でもギターのエース清水長官作曲の楽曲、そしてその曲中で繰り広げられるギターソロは無類の一言。(蝋人形の館の作曲はダミアン浜田氏だけど)

エース長官は音楽理論に長けており、作曲される曲には音楽理論に裏付けられた美しさが散りばめられている。そしてギターソロもそれは同様であり、聞くところによると譜面におこしながらギターソロを構築していくというのだ。旋律を譜面に起こすったらあれですよあなた、マエストロですよ。巨匠。エース長官のソロは曲中にさらに凝縮された一曲が詰め込まれているのと同義なのである。美しく叙情的な旋律はもちろん、ときには転調などでドラマティックに展開されるそのソロに高校生の頃は心底憧れた。イカれちまったんだよぉ。

ギターソロは楽曲の添え物、大根のツマであると喩えたが、そこでいえばエース長官のギターソロは京野菜の大根のツマだ。聖護院大根で作られたツマだ。この大根がツマに向いているかは知らないがなんか良さそうで品がありそうな大根なので特別なんだよってことである。雰囲気でもの言ってしまってすまねえ。

エース長官のソロは超絶技巧とか早弾きとかとは無縁なのだけど、それを補って余りあるほどの良さがある。なんなら憧れすぎて僕がバンド活動していた時代、無意識でいちフレーズを拝借してしまっていたらしく、しかもそれが発覚したのがその曲をレコーディングした帰りの車だったことがあってめちゃくちゃ変な汗かいた。

今はギターソロ好き、ひいてはギタリストにとって良い時代とは言い難いのかもしれないけど、確実にまたギターに日の目があたるときはくるだろう。時代って巡ってくるものですからな。そうじゃなきゃ昨今の若い女子のファッションとかあんな感じにならんもんな。

なんかどうでもいいことぼやきはじめてしまったのでそろそろ締めようかと思います。蝋人形の館の写真とか流石にないし、蝋人形の写真もないのでこの間見かけたすしざんまいのあのひとの写真がなんかそれっぽいからそれでいいすか。

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すしざんまいの寿司屋

 

諍いに見えて実はただのスキンシップだったり?

梅雨入りではないといえども天気がすっきりしない。そんな中でも土曜日は65点くらいの天気の良さだったので近所をふらふらしていた。

散歩というほどでもなく、どちらかといえば徘徊というのが当てはまるのではないかというゆるゆるなシチュエーションだったのだが、カラスが普段聞かないような鳴き声で喚き散らしていることに気づき、ほんの少し空気がピリッとした。

鳴き声の発信源に目をやるとこのような場面が。

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ちょっとわかりにくいのだけど、左側、柵の上にはカラスが、右側、柵の向こうに猫がおり、互いに喧嘩上等な空気で威嚇し合っていたのだ。おう、野生の王国ってやつだな?やっちまいな!ルールは目潰しのみだ!

カラスが最大限に威嚇の鳴き声を猫に浴びせるのだが、なんだか途中で猫が飽きてきたっぽく、草むらのなかに潜ってしまった。でも、もしかしたら隙を見て草むらの中からカラスにアタックするのではと期待をして見守ってみるも、くつろぎだしたので紛うことなく飽きてたのだと思う。お猫様案件であった。

その後、カラスはなぜか歩きで現場を離れていった。カラスもちょっと追いかけてきて欲しかったんじゃないかな。

次の日近所の別の場所で猫の方を再目撃したので、普段からあんなもんなのかもしれない。罵り合ってるけどなんか仲良さそうなペアっているじゃないですか。あんな感じで。

今回目撃したものも、場合によってはアニマルストリートファイトに発展していたところだが、リアルに弱肉強食を目の当たりにしたひとの話をTwitterで見かけた。

カラスが飛んでいるスズメを捕獲し貪り食ったらしい。こんな都会でもそういった弱肉強食ってあるものなのだな。カラスってゴミ漁ってるイメージしかなかったけど、しっかり野生の動物なのね。やってることタカとかワシとかあたりと一緒じゃない。それであの見た目ってもうほぼ反社でしかない。こわ。今後カラスには一定の敬意を払い、ターゲットにされないように気をつけて行こうと思う。

ターゲットにされそうといえば近所で見かけるカルガモなどがそうであるが、こちらは猫などに狙われたりがあるのではないだろうか。まあ一応飛べるのでなんかあったときはそうするんだろうけど、寝込みを襲われたらひとたまりもないだろう。そればっかりはなあ…と、思い眺めた先の団地の屋上からカルガモの首がにょろんともたげていた。鳴き声だってする。なんならちょっと誇らしげですらあった。

おー、そうなりますか。まあ確かに安全は担保されやすくなるよな。少なくとも猫は上がって来なそうだ。それにしてもカルガモって木の上とかそういうところで夜は休んだいるのかと思ったら屋上生活なんだ。意外にシティ派だな。でも山岡士郎と一緒でもあるというところに思い切り羨ましがれないポイントはあると思う。

東京といえどもみなさん生きることに必死で、少しでも自分にとって快適、生存確率があがる方法を模索していってるんでしょうな。人間(というか僕)も負けちゃあいらんねえ。

でもこの勢力図に野犬が入ってきたら僕はもうすぐ屈しちゃうと思うので東京には野犬がいなくてほんとによかったなと思う次第です🐕

 

地球パイセン、反抗期なの?

梅雨入りかもしれないなどという情報を聞いて動揺が隠せなかったが、どうやらさすがにまだらしい。そりゃそうだ。まだ5月中盤すよ。ここで梅雨入りなんぞしたら春の立場がない。存在感もない。春氏にはもっとのびのびとする時間が必要だ。遠慮なくやってくれたまえ。

ここのところ季節の進み方が以前と違うような気がする。春、秋がめちゃくちゃ短く感じるのだ。かといって夏が長いかと言われたらそうでもない。どういうことかと言えば、短い夏が終わって秋っぽくなってきたかなと思ったら既に寒い。要は冬が延びたのではないかという結論に至る。

どこで聞いたかも忘れてしまったし自分で調べたわけでもないので信憑性については怪しさしかないが、プチ氷河期みたいのが来るんだか、来てるんだかという話を数年前に聞いた。そういうのほんとうに勘弁してほしい。地球と人間てもしかしたら相性悪いのでは。真の地球順応者ってクマムシくらいしかいないのではないだろうか。

あらゆる過酷な環境に耐えるというクマムシ。なれると言われたらあなたはなりますか?僕はご遠慮願いたい。虫は虫だ。僕はいつでもカレーヌードルを食べられる程度には文化的に生きるのをやめられない。

過酷な環境についてぐだぐだと言い続けていても生産性を欠く。もっと楽しい話をするべきだ。GW中、ハトヤに弾丸旅行をしたことはお伝えしたが、ハトヤに一泊したのちの次の日、青梅あたりでBBQの予定を入れていたのだ。ハトヤから直行でBBQ会場入り。弾丸がすぎる。もはやレーザー兵器程度には勢いに特化したスケジュールの組み方をしていたものだなと思う。ま、こういうのってのは勢いですから。

そこがまたねえ、良いところで、それでまた気候も完璧だったのだ。

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写真で見るからに快適そうではないですか。

一部ちょっと事故の爪痕みたいなも見えたりして

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なんかあったんだろうなとは思うけどとにかく、そのときの気温、ロケーションが完璧すぎたの。

河原の現場なので当然すぐそばには川が流れている。天気が良くて川がある。こういうとき男子というものは水面にひたすら石を投げる生き物というのは太古の昔より変わっていないだろう。脈々と受け継がれるダンシという生き物のDNAが欲するがまま、僕は石を投げ続けた。

てね、対岸までどうしても石を届かせたくてすんごい頑張ったわけなんです。そしたらまあ届かない。毎回同じところまでしか投げられない。でも毎回同じところに飛ばしてるというのは考え方を変えたらコントロールは悪くないのでは…?と自分を慰めつつ届かないのはおれじゃなく川が悪いくらいのテンションで飲酒業務に戻った。

知ってはいたけど次の日右半身が全体的に筋肉痛になった。でも「意外と筋肉つかってるんだ」とちょっと関心したりもした。あと筋肉痛、次の日にきてよかったかな。

 

こうしてハトヤからの弾丸ツアーも終わりを迎えたわけだが、筋肉痛云々とかでなく、次の日の寝起きの疲労感はんぱなかった。これは間違いなく老いでしかないなとしょんぼりした。

ま、暗いことばかり言っていても仕方ないのでなんかすごそうな肉食ったんだぜーっつって見せびらかして本日はおしまい。

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サボったほうが良リザルトを叩き出すことだってあるさ

今週のお題「サボりたいこと」というなかで書くのが適当であるのかどうか判断に迷うところではあるが、夫婦共に働いていると夕飯作りをサボりたくなるときがしばしばある。

基本的には早く家に帰ってこれたほうがやるという建てつけになってはいるが、日によって疲れていたり家にある材料で料理することにしっくりこない日だってある。かといって外食やウーバーイーツばかりでは不経済極まりない。そんなときに大いに手間を省かせてくれるのがレトルトの調味料というか諸々のタレの類である。クックドゥーとかあのあたりの。中途半端に手作りしようとするくらいならコスパ、手間を考えると圧倒的レトルトのタレに軍配があがる。

例えば麻婆豆腐なら挽肉を炒めてタレを足して豆腐を馴染ませればできあがりだ。フライパンの中でうまいこと豆腐をいじくり回せば豆腐を包丁で切る必要すらない。もはや調理とすら呼べないレベルの動作のみ。お好み焼きの焼く前のタネを作るくらいのところまでの動作で街中華くらいのクオリティのものはできてしまう。働く大人になんと優しいことが。

ちなみにこのあいだ我が家に乗り込んできたのはこいつだ。

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ラーメンを食べたいと思ってカップヌードルを食べたらそれは今の食べたいものではないと感じることだろうが、カップヌードルがうまいことは揺らがない事実である。これはそういう食べ物を作り出すための補助装置である。四川の本格的な麻婆かと言われたらたしかにそうではないかもしれないが、きちんとおいしい食べ物にサボり倒したあげくありつけるのだから推さない理由がない。世の忙しき家庭の料理担当の方はぜひこういった商品を積極活用していただきたい。どの立場でモノを言っているのか謎だが手間とおいしさが反比例したらそれに越したことはない。そう、もう単純にえらい。こういう商品を模したモノリスとかできても不思議がないくらいには尊い

でもね、世の中ほんの一部ではあるものの心が狭いというか、自分がやらないくせにひとのやることにはケチつけたいひとというのはいるもので、こういったショートカット商品使うと「手を抜いた」って言ったりするんですわな。はー、いじわる。たしかにサボったにゃ違いないがおいしいご飯出てきてるだけマシと思わんか!と強いハートで乗り切っていくが吉だ。念のため言っておくと我が家は僕、妻どちらがご飯を作ってもお互いにありがたがることができるので食卓は平和です。

とはいえ、ここ最近ご飯作りをサボりがちだったのでたまにはちゃんと手を加えた献立でも作ってみようとも思っている。ここ2年くらい、コロナ禍で有休の過ごし方として平日に休みをとり、日頃の酒アテを仕込みまくるということをやったりしていたが、それを近々開催するのもいいな。

サボるというとネガティブなイメージになってしまいがちだけど、場合によってはサボってなんぼのときだってある。世の中バランスだ。

以前にも書いたことがあるが、僕は高校生の頃、天気が非常に良いと午後(場合によっては午前から)の授業をサボってメタルを大音量でかけながから部屋の模様替えをしたくなるというおそらく理解されにくいだろうと思われる癖があった。それも自分で心のバランスをとってたのかもしれない。と、綺麗事にしちゃおうかと思ったけどやはり純然たるサボりだったな。

今でも天気がよいと会社から帰りたくなっちゃうけど、在宅勤務によってそもそも家にいられているというセーフティネット

在宅勤務はレトルトの麻婆!

言ってることわかりませんか。わかりませんよな。僕もわからないのでそろそろお暇いたします。

 

引き続くよき昭和の洗礼

前回、はしゃぎにはしゃいでハトヤに転がり込んで鼻息荒く部屋へとたどり着いたところあたりまで書いたんじゃなかったかと思うので、その続きからの出来事を。

 

今回、夕食は無しとしたプランであったため、部屋でゆっくりということもなく、早速お風呂がベストな選択肢であろうということで満場一致となった。浴衣に着替えて浴場へ向かう。

その道中もあらゆるものにはしゃいでしまった。その中でもハトヤにきたらこれだけははずしてはならないものがこれである。

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この渡り廊下。レトロモダンが過ぎる。めちゃくちゃかわいくないですか。時計仕掛けのオレンジとか思い出しちゃう感じのシャレオツさだ。この渡り廊下の写真が撮れただけでもミッションの達成度は高いのだけど、それでけで終わらないのがハトヤクオリティだ。

まあぶっちゃけたところお風呂は普通だったんですけども。お風呂は汗を流せてゆったり入ることが出来ればそれで及第ということなのでそれで充分。サウナと水風呂もあったしオーソドックスな部分は満たしていたと思う。僕サウナ後の水風呂にどうしても怖くて(心臓の負担的な意味で)入れないのは不作法にあたるかもしれないが、まあやれる範囲で楽しんだのでそれもまた及第。でもいつか「整う」というのは体感してみたい。

適度に湯を楽しみ風呂をあがる。浴場を出たばかりのところに設置されている自販機は麦茶がやたら売れており、軒並み売り切れとなっていた。風呂上がりに麦茶ぷはーは日本人のDNAに刻まれた所作なのであろう。ついでにいうとオロナミンCも売られていたがそこはぐっと我慢せざるを得ない。

なにしろハトヤ館内にはBARがあるのだという。風呂上がりに最初に口にするものはそこで冷えに冷えたビールをいただくというのがお作法であろう。同行人とも意見は一致したので喉の渇きさえも糧とし足早にBARに向かった。

BARの入り口の写真撮り忘れてしまったのが悔やまれるが、ニュー新橋ビルの地下あたりにあっても違和感の無いようなたたずまいで口を開いており、その店内からは調子っぱずれなカラオケの歌声がだだ漏れていた。

この状況、さすがにひるむものはある。しかしここまできてビールの誘惑には抗えない。聞こえてくる曲、湘南乃風のような気がするのが嫌な予感しかしないけど、なにはともあれビールだ。細かいことへの懸念は全てシャットアウトして入店とした。

不安要素はあったものの、入ってしまえばなんということもない。ここでも昭和を遺憾なく発揮し、今が令和であるということなど微塵も感じさせないまでにはコンセプチュアルな内装であった。

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僕はスナックって行ったことがないのだけど、たぶんこんな感じなんだろうなと自分の中で勝手に補完することとした。

そこに待ち侘びたおビール!

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そして特に気の利いていないなんか乾き物。

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あげくなんかやたら広いスペースにあるカラオケ機器。

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昭和当時だってもう少し未来志向で頑張っていたんじゃないかなくらいに昭和感しかない。これはもはやテーマパークですらある。もうちょっと格式高く資料館とかでもよい。

そんなところで飲める喜びをこの夜は充分に味わった。最初のビールは常軌を逸したうまさでテンションはここにきてさらにうなぎのぼり。舞い上がった龍くらいにはなっていたと思う。そこまでテンションが上がったとはいえ所詮はおじさん。その後は焼酎の水割り等を粛々と飲むという昭和の湿っぽさもきちんとリカバーした。

最初に不安を覚えた湘南乃風たちもめちゃくちゃ若い子たちだったけど、礼儀に問題のあるような子たちでもなく、単純にカラオケを楽しみ、僕らや他に飲みに来ている一行とカラオケを楽しもうというつもりだったようで、最終的には僕らのグループの宴会部長に対応してもらい、それなりに親睦を深めてその場はお開きとなった。

若い子らのメンバーに東京でガチで活動しているメタルバンドの弟さんがおり、世の中こういうことあるなーなどと関心してりもした。その弟さんが湘南乃風の子なんだけど。

その日はそのまま就寝ということになったものの、興奮からなのか全く眠れず布団の中で数時間過ごしたのち寝たのだかどうだか曖昧なまま次の日の朝を迎えた。あまり寝ていないながらも朝風呂だけは敢行したい所存だったので無理に起きて浴場へ向かう。お風呂が男女入れ替わっているという話だし、こういうのはやっぱり体験しておくべきであろう。

朝風呂も浴びてよき腹の減り具合のなか朝食へ。朝食はバイキングらしい。まあハイシーズンの朝食だ。一気にバーっと処理できるものが好まれるのだろう。

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食堂を上から見た写真なのだけど、なんだかこの雑多な感じ、学校の旅行を思い出す。学生の頃は友達もいなくてこういう空間はいまいち苦手だったけれど、大人になってマイペース過ぎるくらいマイペースになるとこういうのはこれでまた味わい深さを感じることができる。大人にゃなっとくもんですな。

このあと改めて海の見えるテラスなどでほんの少しまったりし、

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ガラにもなく将来は海の見える高台に住みたいななどと本気で考えたりした。

ご飯も食べ終わり、ハトヤ旅程についてはほぼ終了。この後足早にハトヤをさることにしたのだが、実はこの後BBQの予定を入れていたのだ。東京で。弾丸すぎる。でもこういうときってもう勢いが大事ですからな。

その話もまたお出しできるタイミングで書いていこうと思いますのでしくよろー。

 

なにはともあれなんですがね、ハトヤは「宿泊した側の人間になるべき!」これにつきます!

みなさんも、よきハトヤライフを!

 

あ、では最後はなんかギリギリっぽさがあるようなないような、そんな銘菓でおわかれでございます。

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ハトヤを知る側の人間となった

世の中2種類の人間がいる。

それはハトヤに行ったことがあるものとそうでないものだ。

遂にハトヤサイドの人間となったその喜びを書き記そうと思う。

 

連休初日、飲みに行った行きつけの飲み屋で、馴染みの顔とGWの予定などを話したところ、互いに白紙であることが判明。それならせっかくだからどっかいっちゃいましょうかとあれよあれよと旅行計画へと発展していったのだった。

なにしろ思いつきだ。どこに行くかは自由。自由というのはそれだけ自分で判断し決定をしなければならない。行き先について侃侃諤諤の議論を交わした結果行き着いた結論がハトヤということであった。

関東近隣に住まうものであれば誰もが一度は聞くことのあるあのハトヤ。「あの」ハトヤである。たぶん今はCMは流れてないと思うのだけど、僕が子供時代からいつ頃までか、軽快なメロディで「伊東に行くならハっトっヤっ♪」と洗脳に近い頻度でCMが流れていたように思う。あまり歌詞の意味など考えて聞いていなかったけど、「伊東に行くなら」の部分、今なら「伊東…?行くか…?」とは思うがハトヤがあるなら伊東に行く。伊東に行くからハトヤなのである。

連休初日に計画が立ち上がり、正式に予約ができたのは前日。このハイシーズンに前日に予約がとれたことに一抹の不安を感じつつも、計画のために透析の時間をずらしたりなど細々とした調整をし、車に飛び乗り一路伊東を目指した。

確か現地までは3時間くらいの道のりだったと思う。その間最近ではすっかり観光スポットばりに名を馳せた海老名サービスエリアに寄り、名物だと言われるメロンパンを食べていちばん売り上げを伸ばすのは話題作りなのだなと感心したり、

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カルビーキッチンみたいなところで揚げじゃがりこを食べて、「これ、コンビニのホットスナックコーナーにあったら絶対買うな」と喜んだりした。

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旅程中ずっと天気にも恵まれ、それだけで車移動というのはうれしょんレベルで楽しいものだが、それで海まで見えてきたらもう無事ではいられない。ほぼ錯乱状態である。

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大人としてどころかひととして出ちゃいけない汁とかひっきりなしにでてたと思う。車汚してすまんかったな。

こうして伊東に到着。しかしハトヤへのチェックインの儀はその時点では保留とした。せっかく海沿いの街にきたのだ。うめえもん食わなきゃじゃろうがと伊東の街を散策する会を結成した。

到着したのが夕方だったというのはあるにせよ、そこまでひとも多くはなく、言ってしまえばひなびた雰囲気というのはあったがそれがまた旅情をかきたてた。

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ノープランながらもせっかくだからおいしいものを食べたい。人類の叡智、インターネットに導かれながら決定したお店でオーダーしたのはこちら。

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漁師飯というものらしい。いうまでもないが当然おいしい。ただでさえテンションがあがっているのにますますテンションがあがってくる。まだハトヤに到着もしてないのにどうなっちゃうんだろうってなものである。やはり外には出ておくものだ。家の中にばかりいたらこのテンションにはなれない。というか何もなしでこのテンションになったらやばいひとかもしれない。それくらいにテンションは上り調子であった。

お腹も満たし、あたりも暗くなってきたところでいよいよハトヤチェックインの儀にうつる。現在地からほどなく移動したところにあるため車にて移動。否が応にも高まる期待。車で移動していたら正面の小高い斜面に「ハト」のネオンサインが。「ヤ」はどうした、焦らさずその全貌を見せておくれよと前のめりに斜面を駆け登りついにハトヤに到着したのだった。

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ハトヤサイン全貌を撮れていたものがなくて申し訳ねえ。しかしどうだろう、この昭和感。素晴らしいではないか。現代風のこじゃれた宿泊施設というのももちろんよいものではあると思うが、なんというか、まだ旅行自体がかしこまったレジャーであった時代の風格がある。特別感とでも言おうか、ハトヤにはそれがあるのだ。

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そうして外観でひととおり興奮したのちに入館。チェックインの儀を執り行う。またロビーも昭和のきらびやかさがあって素晴らしい。

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レトロの一言では片付けられないほどのハトヤの矜持を感じる。今ではこうして思いつきで宿泊しにきているけれど、かつては最先端、ハイソサエティな場所であったのだろう。この時点で来てよかったさしかない。

その後売店でテンションが上がり過ぎてさまざまなハトヤグッズを購入。他の宿泊施設であればこうは行かない。「あのハトヤ」に泊まりに来たという証を得るが如く買い物を楽しんだ。

チェックインこそ済ませているものの、まだ入室前である。当然お風呂もまだだ。ハトヤの空気にも徐々に慣れ始めた頃に入室とすることとした。が、入ったところの写真を撮り忘れてしまった。でもせっかくなので退室時に撮った写真でも。

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そしてなんと言っても「あのスペース」がある。

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このスペース、家に欲しすぎる。家にあったらほぼここにいてしまいそうだ。

そしてスリッパがかわいい。

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頭をはたいたら良い音がしそうなタイプのスリッパである。

この後浴衣に着替え、いざお風呂へ!となるのだけど、良い加減長くなってきたので以下次回としようかと思いますの。

では最後に、お風呂のボイラー付近にあったサイバーパンク感しか感じない配管をご覧になっていただいてお別れとしましょう!

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