普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

素朴であり続けなければならないというジレンマもあるのでは

この土日は天気も良く、寒さは感じるものの陽射しさえあれば心をおられることもなかったためちょこちょこと出かけてみた。

土曜日は無印良品へ。無印って出たての頃は”ブランド力に頼らずノンブランドで良いものを売る”ということだったのに今や「無印」というブランド化しているのって世の中こういうところあるよなと思わされるケースの代表みたいなお店である。

素朴なのが良いとされていたのにそのうち素朴じゃなきゃいけないみたいな雰囲気になってそのあたりのジレンマもあったりするのかもしれない。本当はスパンコールのジャケットとか売りたいと内心思っている可能性だってある。無印のスパンコールジャケット、不可能図形みがある。

買い物も済ませた帰り道、駅のホームからやけにくっきり山影が見えたのだけど、それが富士山であるか議論が妻との間で巻き起こった。

影だけだからワンチャンある

都内からあんなに大きく富士山が見えるものだろうかと8:2くらいで他山(他人的な)の空似と結論付けられそうになったが、富士山だったらありがたいのではと富士信仰ばりのハートの強さであの山影は富士であるということにした。こういうのは真実じゃないのよ。

家に帰り、焼き鳥欲が抑えきれないものの、飲みに行くには準備が足りなすぎることからひとっ走り買いに出かけた。飲みに行くことを考えればと想定していた1•5倍くらいの量を買い込む。こういう買い物の仕方で散財していくのかもしれない。しかし買い込んだ焼き鳥はすべておいしかったので後悔はない。

お酒を飲みながらスマホのメモを眺めていると、以前に忘れたくないと思って気になっていたアーティストがメモされたものを発見した。少し前にどうしても思い出せなくて手掛かりもないままその出来事自体忘却の彼方となっていたアーティストのメモもそこにあり、「おー、こんなところに」と思うものの、このメモの存在自体を忘れているとという絶望的な状況に天を仰いだ。手立てがなさすぎる。虚無に飲み込まれそうになるも、ま、そんなもんかと持ち前の適当ぶりをもってこの日はお開き。我ながらちょろい。

そして日曜。この日も天気が良い。子を連れて公園にでも行こうと言うことになったので、気合いが入りすぎてはいないけど、日常使いするには完全に遠いくらいの距離感の公園に行くこととした。

その公園は健康器具とでもいうのか、腹筋補助だとか、雲梯だとかそういったものが設置されていた。その中でぱっと見ようと不明だったものがこれ。

ポールに回転させることができるディスク状のものが取り付けられているもの。まったく使い方がわからなかったが近くに利用方法の説明看板があった。

うーん…

太極拳と同じ動きをすることができるという器具らしい。太極拳のことはまったく知らないけれども、これの補助がなければできないような動きなのであれば太極拳はああ見えて難易度が高いということではある。しかしこれで太極拳の動きを再現できるのだとしたら太極拳の達人からなめんなと怒られちゃったりするのではと心をざわつかせる器具であった。試しに言われた通りぐるぐるしてみたが、練られる何かは感じ取ることができなかったことはご報告しおこうと思います。

けっきょくこの公園は混み合っていたので子を遊ばせるには向いていないということで公園をはしごし、そのはしごした先の公園で子を遊ばせた。公園のはしご、けっこういいなと思ったのでもっと暖かくなったら積極的にはしごしようと思う。