普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

素直に酒を飲みたいと言え

一年のうちの大概のイベントはそこまで興味がなかったり、雰囲気にのりきれなかったりするのだけど、年末年始のこの時期はとても好きだ。

ありふれた表現ではあるけれど、世間がそわそわしていて、何かを期待しているような雰囲気に感じる。そう感じているということは僕自身がそう思っているということなのかもしれない。

というか、単純になんだかこの時期浮かれてしまう。実際仕事納めをしてからまだ2日くらいしか経っていないけど浮かれまくっている。僕の「浮かれる」は酒を存分に飲むということだけなのだけど。

しかし、一通り浮かれてみて思ったのが、もっと生産的なことをしたほうが良いのでは…?ということだ。

何が生産的かという定義にもよるのだろうけど、考えようによってはかなり自堕落な生活をしているのではと一瞬不安になったりもする。ただ、飲みながらの会話というのは楽しいし、新たな発想の起点になったり、新しいつながりができたりとかひとを介する出来事に関してはプラスであることも多いのかなと個人的には感じている。

とはいえ、僕もひとりで生活してるわけではないのでもっと気を使わないといけないところってあるよなとも思う。

まあ年末にうだうだ言っていても仕方のない話だし、飲める酒は飲んどけというように思っておこう。こんなにテクノロジーが進んで文化レベルがあがっているのに飲んでいる酒の種類は古くからそう大差ないものを飲んでいるわけだ。

それはどういうことかと言えば、酒は先輩ということだ。そう、先輩なのだ。知り合いのバンドマンが酒を先輩と表現したのだけど、こういうことなのだな。

今日も面倒みていただくのでよろしくお願いします!てなものである。僕なんかほぼ毎日お付き合いいただいてるわけで、考えようによってはこれもう不倫なんじゃないかな。大先輩と毎日夜をともにしているんだもの。

でも先輩は先輩でやり手なので僕のことばかりもかまっていられない。色々なひととひとの数だけ物語を作り上げていくのだ。そんな物語のひとつに僕が登場しているだけの話だ。

そして先輩は結構大胆不敵な部分もあるので、時折ひとびとの時間と記憶を奪っていくのだ。その奪ったもの、どうしてるんだ。そのまま廃棄してるとかならいいんだけど、どこかに溜めてあったら相当な混沌がそこに渦巻いているに違いない。その混沌に飛び込んでさまざまなエピソードを肴にまたそこで酒を飲むのも面白いかもしれない。そしてまたそこで時間と記憶が奪われ、混沌のマトリョーシカの出来上がりだ。

ていうか何を言っとるんだね、君はという内容になってきてしまったのでここらで切り上げよう。年末なんでついつい浮かれてしまうんですよね。

今年のブログはおそらくこれで最後になりそうだけど、この締まらなさがもうアイデンティティと言い切ります!