普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

今だから語れる冬瓜の思い出

前回の記事で味のしない食べ物(おきゅうと)の対抗馬として冬瓜をあげたが、冬瓜のについて触れるとき、必ず思い出す出来事がある。それは特別お題「今だから話せること」につながってくる。厳密には「今だから”笑って”話せること」になると思う。

もう20年近く前、帰省をしたときに母と買い物に出かけた帰り、農道を車で走っていると道路脇で収穫した作物を仕分けている中年男性がいた。特に珍しいことでもないのだけど、何かを感じた母はその男性に「何がとれたんですか?」と話しかけた。聞けば収穫されたのは冬瓜らしい。「せっかくだから持ってきなよ!」気前よく男性は冬瓜を譲ってくれた。やさしいせかい。

その当時の僕は冬瓜をまだ食べたことのないおぼこちゃんだったので冬瓜について興味を示したところ、せっかくだから東京に送ってやるから調理してみなさいなとの提案をうける。おお、ええんかいと小躍りしその後東京に戻り冬瓜を受け取った。

食べたこともないので当然調理経験もない冬瓜。調べると基本的には煮るなどの調理方法が適しているらしい。その中でもお手軽なのは味噌汁であった。けっこうな強度の実を危なっかしい包丁さばきでなんとか調理。冬瓜のお味噌汁は完成、その滋味深さに舌鼓を打ったのだった。まあ冬瓜自体は味ないんですけど。なんか雰囲気で美味しい感じというかね、そういう食べ物もあるということですよ。おきゅうとは当てはまらないけど(無だから)。そうしてその日は冬瓜記念日とし就寝した。

次の日。不真面目ながらもバイトで生活の糧を得ていた僕はバイトのために起床し、シャワーを浴びようとしていた。「お、昨日の冬瓜のお味噌汁残ってる。シャワーの間にゆるく温めよ」電気コンロを最弱にし鍋をコンロにかけた。

その部屋の電気コンロは電熱線タイプのもので、最弱は本当に出力が弱く、お湯を沸かそうとしてもこれ一生沸かないんじゃないかなというくらいに時間がかかるものだった。シャワーを浴びるくらいの時間火にかけても余裕でぬる沸き以下なので朝の時短術としては正しい選択である。

きちんと適当なタイミングで火を止めれば、ですけどね。

もうお気づきかと思うが、結論からというと焦がした。焦がしたとかなら全然表現としてはかわいいほうで、あわや部屋丸ごと火入れ、物理的に炎上させてしまうところだったのだ。あっぶな。

どういう行動パターンと思考回路なんだと理解されないかもしれないが、シャワーを浴びたら「出かけなきゃ」と思考が切り替わり、鍋をコンロにかけたまま、お味噌汁のことなど1ミリも思い出すことなくバイトに出掛けてしまったのだ。朝ごはんを食べる習慣がないのでシャワーまで浴びたらお出かけ準備完了とスイッチが切り替わったのだと思われる。

バイトをすること数時間。

「お腹すいたな、お味噌汁飲んでくればよかった…っって味噌汁っっっ!!??」

血の気が引くって本当にあるんだなと思った。そして一通り青ざめたところで次は変な汗がとめどなく流れる。まずいまずい、どうする。まずいことはわかるがどうしたら良いのか全然考えがまとまらない。あまりに動揺してバイト先のオフィスを挙動不審にうろうろしてしまった。

火を止めなければ。でも急に早退とか何かと思われる。「家が火事かもしれないんで帰っていいですか?」とかはったおされても仕方ないどころかそのまま明日から来なくていいよと言われなかねないほどの見え透いた嘘だ。ほんとなんだけど。それに仮にそれが通ったところで移動時間中気が気でない。

うろたえているなかひとつの閃きが。同じマンションに友人が住んでいる。その友人に頼んで状況を確認してもらって、場合によっては事態の沈静化を図ってもらおうと思いついたのだ。

友人に連絡がつき、事情を説明。快く部屋を見に行ってくれた。その節はほんっとうにありがとうございました!今僕がのうのうと生きているのはあなたのおかげです、まじで。

同じマンションなのはともかく、なんで部屋に入れるん?という話になるかと思うが、当時僕が住んでいた部屋は通路からバルコニーに出ることができ、そのうえ僕は玄関のドア以外鍵を閉めないという謎のポリシーを持っていたのでバルコニーづてに窓から侵入してもらった。不用心バンザイ\(^^)/

友人に確認してもらったところ、やはり鍋を火にかけたまま出掛けてしまっていたようだった。火を止めてもらってひと安心ということでひとまずその日はバイトを終了時間まで続けた。今思えば楽観的すぎる対応だ。

バイト終了。凄惨極まりないことになっているのだろうと戦々恐々としながら帰宅。部屋は煤まみれになっていた。とはいえ、出来事から考えればまだマシな方かも…と持ち前の能天気さを発揮しながら鍋を見たところ”高熱で打たれた金属”と化した鍋がそこにあった。あかんやつや、これ。

ついでに言うと鍋に添えられてていたおたまは柄の部分を残して消滅していた。部屋中をデコレーションしている煤はここから発生したのだろうな。よわよわの電気コンロにこんなポテンシャルがあったとは。ある意味チリツモ案件である。

これ以降、出かける前にコンロを使うことを一切しなくなった。自分がまじで信用できない。

冬瓜何も悪くないけど冬瓜と見聞きするとこの出来事を思い出す。冬瓜のあんかけ食べてほっこりしながら「あのときは大変だったな…」と遠い目をしておる次第です。

無事だから間抜けな話として「今だから話せる」になっているけれども、本当に笑えないどころか思い出すのもいやなくらいの出来事になっていなくて本当によかった。みなさまも火の元にはお気をつけくださいな。

これはフリー素材だけどこんな感じになってた。というか素材としてあるくらいなので意外とみんなやってんのかな。