普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

それぞれのメロンソーダ観があるとは思いますが

メロンソーダが好きである。

あの毒にしか見えない緑、最高ではないか。味も何の味なんだかわからないけど脳にビンビンくる甘さでどう考えても体に悪い甘さだ。しかしそれがよいのだ。むしろそうでなくてはならない。中途半端なことするくらいならあれくらい振り切ったつくりで然るべきである。

まあこれですよね

メロンソーダにちなんだ思い出話として、ライブハウス勤務時代にドリンクカウンターでドリンクを提供していた際に印象深かった出来事がある。メロンソーダは基本的に飛び道具的な扱いなのであまりふだんはオーダーされないのだけど、ゴシック系(V系含む)のイベントの日はお酒以外のドリンクでメロンソーダをオーダーされる率が異常に高かったのだ。

今はサントリーの自販機でPOPメロンソーダが売っているが、当時(00年代中盤くらい)は行くところに行かないとメロンソーダを飲む機会は少なかったのだと思われる。それがあるにせよ、なぜゴシック系イベントでばかりメロンソーダが注文殺到となるのか。

僕なり考えてみた。

ゴシック系イベントはロリータファッションの女性客(甘ロリおよびゴスロリ)が多い。あの手のファッションは世界観が重要だ。手に持つアイテムすらファッションの一部として扱われる。指先に至る細部にまで気を遣ってこそ上級者。その手に持つドリンクは烏龍茶などであってはならない。まずお茶がダメ。当然あまあまのジュースでないといけないのだ。選択肢はジュースへ絞られる。その中でもコーラなどは論外。スカッと爽やかか。爽やかなロリータなど流儀に反する。

そこに登場するのがあの緑である。沼から汲んできた水の方がまだ「なんかのスムージーっぽくて健康そうだよね」と言いくるめられてしまいそうなほど毒気しかないあの緑なのだ。その毒々しい緑がロリータを彩る最後のピースであることは積み上げられたロリータファッションの歴史から明らかであると言わざるを得ない。

ちょっと言ってる意味わからないかもしれないけどまあ「そうなん?」くらいに思ってください。たぶん違うので。

ただまあ実際メロンソーダ屋さんになっちゃったのかなと言うくらいに集中的に注文されていたのは事実。そしてなんだか注文してくるひとってなんだか不思議ちゃんみたいな感じのひとが多かったな。よき思い出。

メロンソーダ好きとして売っているのを見かけると購入してみたりするのだけど、大概は味の差は大してない。メロンクリームソーダかそうでないかの違いくらいだ。しかし、先日購入したメロンソーダは違った。

三ツ矢サイダーの亜種

三谷サイダーのフレーバーシリーズである。そこに登場したメロンフレーバー。パッケージにはメロンソーダという文字が踊っている。メロンソーダと言われたらスルーするわけにはいかない。迷いなく購入した。

で、飲んでみたわけなんですが…

 

メロン汁の味がする…!!

 

メロンを食べているときに食べ終わる頃、皮の底の方に汁が貯まるじゃないですか。あの味。再現性すごい。あれを炭酸で割ったらこれになる。

これはこれでおいしいとは言えるのだけど「メロンソーダ」として買ってきてこの味だと脳がよじれる。なんだか違うな、となってしまうのだ。僕はあの”自然界にない緑”みたいなあの液体の味を求めていたと気付かされた。背伸びするもんじゃないですな。あと色で言うとこっちの方が沼っぽさある。

芳醇メロンソーダには悪いことをしてしまった。しかし自分のメロンソーダ観を持つことができた。これからのメロンソーダ人生を真っ直ぐ前をみて歩んでいこうと思う。