普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

半生を共にしたボウルとお別れ

物を捨てるのがとにかく下手だ。明確に捨てる理由が見当たらないとなかなか思い切って捨てることができない。片付けができないタイプの人間であるというのは自覚している。そんな自分の中で山が動いた。

おボウル

見ての通り、ボウルである。しかしただのボウルではない。上京してきた直後に買ったボウルなのだ。しかも100均で。すなわち20数年生活を共にしてきたボウルということになる。それを捨てた。これは僕の中で大きな出来事だ。特に問題なく使えていたので前述の通り捨てる理由もなかったが、この度妻の指令でボウル入れ替えの儀を執り行ったためご勇退となった。

無意識で使い続けていたが、モノってそんなに保つものなのだなと驚きだ。100円のプラ製品だというのに。上京して24年くらいになるのだけど、日割りで言ったら1日0.01円くらいで使っていたことになる。この計算になんの意味があるかと言われれば全く意味がないことは承知しているけれど、こういうのって計算してしまうじゃないですか。ビルゲイツの時給とか計算しませんでしたか。勝手に計算して勝手にけしからん!ってなりませんでしたか。ならないですか。そうですか。

それにしても24年共に過ごしてきたというのはなかなかのものだ。生涯で最も共に過ごしてきた時間が長かったのは親でも妻でもなくボウル氏だったのだ。半生を共にしたボウルだ。ちょっと絵本のタイトルっぽさがある。今回は都合によりご勇退となったが頑張れば付喪神くらい宿ったかもしれない。というかもしかしたらもう宿っていたかもしれない。捨てちゃったけど。

最近は至極真っ当な使われ方をしていたボウル氏だが、購入したての頃はトリッキーに使役されていた。つっても使ってるの僕なんですが。若さと面倒臭がりが絶妙に混ざり合ってこのボウルでインスタントラーメン食べたりしていたものな。汁が飲みにくくて仕方ねえ。そういう使い方するものじゃないので当たり前なのだけども。その当時100均にどんぶりが売ってなかったんでしょうね。

ちなみにボウル入れ替えの儀によって召喚されたのはこちらのボウル。

ガラスのボウルとステンレス製のザルがセットになったものだ。非常に衛生的な雰囲気があって気分が良い。耐熱ガラスなのでオーブン調理OKなのだとか。先代は熱湯すら危うそうだったものな。ラーメン食べちゃってたけど。そしておしゃれっぽさもある。これを使って料理をすると海外の料理番組のようなビジュアルになるのだ。それおしゃれか?と言われると押し黙るしかない。

長年使い続けていたものを手放すということでもう少しセンチメンタルな気持ちになるのかなと思ったけれど、思ったよりこなかった。そりゃまあボウルだしなと言われればその通りである。本当に理由がなかったから捨てなかっただけだったということか。

捨てる理由がないからと古いものをなかなか捨てられないときはその理由を作ってしまえばよいのだなと今回のボウル入れ替えの儀で思ったのだった。みなさまにおかれましてもよきボウル入れ替えライフをお過ごしくださいな🥣