普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

勘弁して欲しいポストの隙間問題

いきなりすみません

これを見てどう思うだろうか。もしかしたら大抵のひとは気にならないかもしれない。でも僕からしたら大問題なのだ。

まず、前提として僕は虫が普く嫌いである。家に出没しようものなら退治するまで討伐行為以外の行動をとることができない。虫が何か罪を犯したかと言われればそんなことはないが、僕の前に現れたの運の尽きと思ってもらうしかない。

この写真には罪のない虫どもが無慈悲に屠られる可能性を助長することとなる現象がおさめられているのだ。それはどこだかわかるだろうか。

そう、ポスティングされた印刷物の横の隙間だ。

これが本当に勘弁して欲しい。この隙間、絶対に侵入経路になり得る。僕は蚊とか小蝿的な羽虫系でさえ本当に勘弁して欲しいと思っているのだけど、この隙間は絶対にアレを通すだけのスペースは確保されているだろう。アレとはなにか?アレったらアレですよ。ゴ…、ゴ…、g…

かーっ!文字にするのもおぞましい。そのソレですよ、ソレ。わかってらっしゃるでしょう。夏は大好きだけど、そのソレに遭遇する可能性が格段に上昇するのだけが夏の悩みどころだ。できるだけ遭遇する可能性は下げたい。なので生ゴミとかきちんと処理しているつもりだし、窓も無防備に開けるようなことは絶対にしない。なのに。なのにですよ。僕の知らないところでヤツらの侵入経路を勝手にこさえられてしまっているのだからたまったものではない。

たまに「チラシお断り!」と注意書きのあるポストを見かけるが、僕はチラシ自体は別に入れてもらって構わないので「隙間お断り!全挿しで!」と注意喚起しようかと結構本気で考えたほどだ。普段「チラシお断り」を見てちょっとこの家のひと、面倒そうだなと思ってしまったりしているので隙間を作るなというよくわからない要求をしているのはもはやなんかちょっと危ないひとって思われるのではと思ったので行動に移すのは控えた。郵便物を届けてもらうひとにまでいらない緊張感を与えるものではない。

今は全ての虫という虫に対して憎悪と嫌悪感しかないが、子供のころはスター選手的虫であれば愛でるなどすることはあった。カブトムシとかクワガタとかね。それがなぜここまで嫌悪するようになったのかといえば、明確な理由があり、感情が切り替わったそのタイミングを今でもよく覚えている。

それは夏の日。姉の漕ぐ自転車で二人乗りをし、街路樹が立ち並ぶ歩道を駆け抜けているときだった。何か肩に違和感を感じたので、その違和感の出どころを確かめたところ、めちゃくちゃでかいマダラカミキリが鎮座していたのである。あれは確実に目があった。カミキリったらすれすれのところであのアレと同じようなフォルムの虫である。それが肩ですよ。ゼロ距離。男女ならエロい距離。よーく見えちゃうわけですな、造形が。もうどうしていいかわからなかったのでとりあえず走行中の自転車から飛び降りた。そして触りたくもないからくねくね変な感じでカミキリ氏に退場願った。あれは本当に怖かったし気持ち悪かった。

それ以来虫という虫すべてを憎むようになったのだった。カブトムシ?はん、色艶、形、がアレ(G)と一緒じゃん。硬くなったアレでしょう。まずその腹はなんだ。その節。見てらんないよ。という具合にもはや因縁レベルでその虫を嫌悪するようになった。書いてて思ったのだけど、「硬くなったアレ」という言葉にそこはかとない下ネタ感があるけどそこは見逃してください。

年齢を重ねれば重ねるほどに虫と遭遇する機会は低下していき、たまにしか見ないものだから余計に苦手意識が高まるという負のスパイラルに陥っているような気がする。だからこそ冒頭の写真の隙間のようないらぬ遭遇の可能性を上昇させる隙間は勘弁願いたいというわけである。これ、気にしすぎなんでしょうかね。というかそもそもそんなところから入ってこないでしょうとか言われちゃったらなんかものすごく恥ずかしいのでこのへんにしときます。