梅の花の季節だ。桜との絶妙な時期のずれによりそんなにありがたがられているイメージのない梅だが、僕はそれなりに好きだ。桜を美人と喩えるなら、梅は可愛いみたいな感じがして。この時期、梅の花を見ると思い出すことがある。
高校生の頃、クラスメイトのよしあきという人物が入学早々学校を去った。彼は俳優を目指すのだとかなんとかで若い身空で単身東京へと移り住んでいったのだが、なんでだったかはよく覚えてないなのだけど、その後も僕との交流は続いた。
そして学校の長期休みのようなタイミングがあるとよしあきは帰郷し、これまたなぜだが僕をそのタイミングで誘ってくれて遊んだりしていた。僕があまりに友達がいなそう(ていうかいなかったけど)だったので慈悲をかけていたのだろうか。
そうした付き合いが続き、高校も卒業となる3年生の3月。いつものように休み中によしあきが現れ、このときはよしあきの実家で家飲みをしていた。メンバーは僕、よしあき、よしあきの彼女っぽいひと、よしあきの地元の友達。
久々の帰郷だし、東京での暮らしの話などもあるしでそれなりに盛り上がってきた夜半。突如チャイムが鳴った。
補足しておくとよしあきの家は父子家庭でこの日父は帰ってくる予定がなかった。だからこそのよしあき実家での飲み会だったのだ。田舎なので夜の訪問者自体が珍しい。明らかに不穏である。
しかしチャイムの主は帰る様子もなくチャイムを鳴らし続けている。怪しさに気づいたよしあきが玄関の見える窓から訪問者を確認したところ動揺しはじめた。
「やばい、おれ隠れるからいないことにして」
と脱兎の如くその場を離れて家のどこかに身をかくしてしまった。その後、よしあきの友人がドアを開け、よしあきは不在であることを告げるが信じるはずもなく、訪問者のよしあき家の家宅捜索がはじまった。ふだん本人がいない家になんで友人だけがいるのか。設定に無理がある。
訪れたのは同じ年頃の高校生と思われる5、6人のヤンキー手前くらいの風貌の集団。あとから聞いたところによるとそのリーダーとよしあきとの間で遺恨があったらしく、リーダーは常に報復してやろうと虎視眈々と狙っていたが、よしあきが上京してしまいその機会を逸していたとのことだった。窓の明かりからよしあきの帰郷に気づき襲撃を決行したのだろう。よしあきの部屋まで知ってるなら結構仲良しだったのかななんて思っちゃうけどどうなんでしょうね。
襲撃チームの家宅捜索中、ものっすごい微妙な空気であったのは言うまでもない。これ、よしあきが見つかってしまっても他の人間も殴られくらいはするかもしれないし、見つからなかったらそれはそれで鬱憤を晴らすためにそれぞれ殴られるくらいのことはされるだろうな。そんなことを思いながらひとまずよしあき、うまいことやっとくれよと祈るしかなかった。生きた心地がしない、時間の流れもわからなくなるような家探しタイム経て、襲撃チームはよしあきは外に逃げたのだと判断し、家を後にした。
ひょっこり現れるよしあき。
「よし、逃げよう!」
誰の車だったか忘れてしまったけど、転がり込むようにメンバーの誰かの車に乗ってよしあきの友達の家に逃げることとなった。その友達の家は山の上にあり、ひとなど来ないだろうからまず安全であろうという判断である。ひとの来ない山奥に住む同級生、ありがてえ。
その家は今でいう古民家のような家で、土間があったり客間の梁が立派だったりで、このあと鬼婆とか出てきて食われるやつなのではというくらいに雰囲気のある家だった。いろいろ雰囲気を楽しみたいところではあるが、飲み直そうとかそんな雰囲気でもなく、襲撃騒動で疲れ果てた僕らは倒れ込むようにその日は眠った。
明けて翌日。昨日の襲撃、嘘みたいな話だったな、というか嘘だったらよかったなとよれよれと起き出し、山を下ることとなった。家を出て、明るくなった状態で改めて周りを見渡すとほかに表現のしようがないくらい山の上の家という具合で、まんがにっぽん昔話くらい山の上の家然としていた。
天気も良く、うぐいすも鳴いている。昨日のようなことがなければこんなに心落ち着く景色もそうあるまいなーなどと微妙な心持ちで眺めたのが山中にほどよく植わっている梅の木であった。
その後、その友人宅を後にし、地元を離れるのかなと思ったら「車洗いたいからガソリンスタンド行きたいわ」よしあきの一声でよしあきの家からそんなに遠くないガソリンスタンドへ向かうことになった。え?そんな無防備でいいの?昨日の今日なのに?という僕の思いなど全く気づかず天気の良い中よしあきは洗車に精をだしていた。おま、そういうとこだかんな。と思いはしたけどまあいいっかとそれなりに僕もくつろいだのであった。どっちもどっち。
結局その後は特になにもなく解散。よしあきも東京に戻るまで特に何もなかったらしいので結果オーライといったところだろうか。その後、その襲撃野郎とは意外な形で決着がついたらしいという話をきいたのだけど、長くなったのでそれはまた別の機会に。
以上が僕の中での梅から思い起こされるエピソードである。物騒だったわりにはのんきだったな。そこは今とそんなに変わらないかもしれない。
実はね、友達が襲撃される現場に居合わせたの、これだけじゃないんですよ。どういう人生だ。
ま、その話もまた別の機会にということで。