普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

脇の甘い自由研究のズル

今週のお題「自由研究」

自由研究という言葉で思い出すのが小学校5年生のときの夏休みの自由研究である。

工作に臨み、成果物は城であった。当時SDガンダムにハマっており、特に武者ガンダムシリーズにご執心で、その武者ガンダムたちが登城する城をこさえてやろう!と前のめり気味に取り組んだのだ。

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築城イメージ

結論から言うと城は当初の予定よりもハイグレードなものが築かれた。城の1階には囲炉裏を設置し、砂場から砂を調達し灰に模したり、石垣だって発泡スチロールを無造作にちぎり着色したものを貼り付けることで雰囲気をだした。

あげく、天守閣の屋根は蝶番で上から開くようになっており、中の様子をつぶさに観察できるつくりとなっていたのだ。

めちゃくちゃ良くできた工作となった。めちゃくちゃよく出来すぎた工作となってしまったのだ。

築城の話を父にしたところ、みるみるうちに興味をもっていき、最終的には父が主導で城を作り上げたといっても過言ではないという禁じ手に手を染めてしまったというはこびである。

イデアなんかは僕も出していたとは思うが、そのアイデアを実現するためのノウハウは父の引き出しから鮮やかに繰り出されていっていたので作品としてほぼ父の作品と言ってもよかったと思う。僕は施主、父は工事業者。そんな関係であったとすらいえるだろう。

ほぼ僕が技術的な面で手を下していない城ではあるが、夏休みの宿題である。休みがあけたら学校に提出しなければならない。

大丈夫かいな、これ、と学校に持っていったら、やはり友人たちから総ツッコミが入った。「これはやりすぎやぞ」と。それはそうだ。ふだんの僕を知っている人間であれば出来の良すぎる大作を作り上げられるわけがないと思うのは自然なことだ。実際僕自身ですら父の作品だなあ、ご立派。くらいに思ってたわけだし。そんなものよくしゃあしゃあと持って行ったものだなというところではあるが。

大人のちからが加えられたものは本来の評価によりハクがつくものだ。シャムシェイドに明石昌夫がついたときのように。三分の一の純情な感情的ね。

この城も周りの評価は割れたが、せっかく持ってきたのだからとコンクールみたいのに出したらなんと金賞取ってしまった。完全にイカサマである。

でも表彰自体は僕の名前だけれども、事実上父が賞をとったと思えばそれはそれで平和な感じがするからまあいいかと思い甘んじて受け入れた。お父上、この賞はあなたのものですよ。とは伝えていないしそもそもお父上とか言わないし、小学校のときの記憶なのでその後どうなったのかかなり曖昧だ。

しばらくは城にSDガンダムのプラモを設置して悦に入ってたような気がする。

結果、DIYで遊び道具がひとつふえただけとも言えたかもしれない。

 

その翌年、6年生の夏休み。父は前年の築城で気を良くし「今年もなにかつくるんでしょ?」とウキウキと自由研究の話を持ちかけてきた。

僕個人としてはもうアイデアがないなあと思っていたのだけど、ほぼ父主導でログハウスが作成されることになった。だいぶ大人に寄った建築物である。父は設計図まで引いていた始末だったのでよほどのやる気だったのだと思う。

この年の僕の作業は木材にボンド塗るくらいだったように記憶している。

これも自由研究なのだ休み明けに提出したのだけど、なにせ落ち着いた造りのログハウスだったので前年のインパクトには勝てず、みんなのリアクションもいまいちであった。もう大人が作ってると言う部分はつっこまれすらしなかったな。

これもまたよき自由研究の思い出だ。

 

考えてもみれば、その年の冬に父は病気で亡くなっているので父との最後の夏の思い出だったと思えばなかなか良い思い出となったと思う。

僕も子供の自由研究にあれこれ口出ししてしまいそうなタイプだものな。

男というのは何歳になってもそういうものなのかも。