普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

エアコンガンガンつけるのは自己メンテナンスのためだと割り切る

今週ははカレンダーでいうと祝日と書いてあるものの、実は祝日ではない、またはその逆というというトラップにまみれた1週間である。

なのだけど、今日は会社を休んでいる。といっても祝日と間違って休んでしまったとかではなく、もともと有給申請をして休みをとっていたのだ。間違って休んじゃいがちな人間ではあるので会社では「もしかしてあのひと…?」くらいには言われてるかもしれない。

なぜ休みをとっていたかと言えば、帰省をしようと思っていたのだ。前回の緊急事態宣言が明け、すぐにまた同じようなことになるだろうからさっさと一回くらい親に顔を見せておきたいという思いから早めの予定を立てていたつもりだったのだが、予想を上回る早さで緊急事態宣言の再来となってしまったため計画は頓挫した。。もはやなにが緊急事態なのかというところではあるが。

予定がなくなり休みだけが残ってしまったのでこれはリカバリーせねばならんと散髪の予定と区役所で病気関連の事務手続きの予定を入れ、鮮やかにミッションコンプリートとなった。

予定通りミッション達成できるとやはり爽快だ。この夏の気温がその爽快さに拍車をかけているような気がする。

気温についてはひとによってはやる気を奪う域まで夏らしさを本領発揮してきていると言えるが、僕はここ数年でこの暑さこそ至高なのではないかと思うようになり、灼熱を享受するようにしている。

理由としては「暑い」といえるほどの暑さが感じられるのって年間でせいぜい2ヶ月と少しだ。年間通してめちゃくちゃ少ない。これを貴重と言わずしてなんというのか。それか僕に被虐願望でもあるのか。そうなのだとしたら新しい扉開くな、これは。

そんなことを言っているのもクーラーを躊躇なく利用するという前提があっての話であるというのはいうまでもない。

たぶん自宅、職場、あらゆるところにクーラーがなかったらここ数年の夏を乗り切れていなかったかもしれない。生き物として弱い人間はバンバン文明の利器に頼るべきだ。

上京したての頃は金銭的に余裕がなかったということでクーラーをつけるのを躊躇っていたが、考えてもみれば結構つけっぱなしにしていても月にたかだか数千円電気代があがるだけ。

天秤にかけてみたところ、家の中での生活を劇的に快適にするために数千を払うというのは決して高額ではないと思うのだ。

その数千円を惜しんで暑さで眠れぬよるを過ごし、睡眠の質がさがるくらいなら、この数千円はスペック保持のための投資といえる。もしくはメンテナンス費用。そう考えれば惜しいものではないのではないだろうか。

って今さら何言っておるんだという話しでしかないものを鼻息荒く語ってしまったが、自分が子供の頃とか自室にクーラーなかったんだよなあと。しかも夜寝汗をかきまくって朝を迎えて、朝にシャワーも入らずにそのまま1日が始まって行っていたのだから今の自分からすると考えられない。

そもそも夜は今ほど気温高くなかったような気もするけれど。

なにはともあれ世のおじさん諸兄には朝シャワーを浴びることをおすすめしたい。身体を洗うとかじゃなくて浴びるだけで全然違うので。

おじさんの公衆衛生について語らんでも良い語りをかましてしまったが、コロナの影響で公衆衛生についてのレベルって底上げされたのだろうと思うのでその一点においてはほんの少しだけよかったのかな。

 

こう暑いと昼ビールしたくなってしまうのだけど、透析あるとそらもできないのでせめて写真だけでもあげておこう。

f:id:takian2000:20210719174216j:image

やっぱり透析の日に有給とるのはあまり向いてないな。