普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

たきあんと呼ばれ幾年月

今の世の中、本名をしらないまま付き合いを続けている関係はわりと珍しくないのではないだろうか。僕はプライベートで自己紹介するときは「たきあんです」で統一しているし、特に問われることもないので本名を伝えることもほぼない。飲み屋の仲間内などでは相手の本名を知らないけどよく話すひとも少なくない。

そもそもこの「たきあん」という呼び名、ものっすごくおざなりな命名のされ方であった。もう15年前にはなるだろうか。当時ライブハウスで働いていたころ、ブッカーとして勤務する先輩バンドマンと懇意にしていた。生活態度は驚異的に悪辣であったが、ステージに立っている先輩は憧れ、羨望、様々な感情が湧き起こる存在であった。

勤務中にもよくじゃれついていたのだが、そのうちその場のノリで僕のことを呼び始めるようになってきた。名前となんにも掛かっていない「その場で目についたもの+苗字」というように。考えてみればその頃苗字で呼ばれてたんですな。今考えると新鮮だ。

例えば時期に絡めたものだと3月ころであれば「飯田雛祭り(飯田というんです)!」と、なんの脈絡もなく呼び始める。おそろしく安直でセンスのかけらもないとは思わないだろうか。ある意味すごい。ノリでいうと一億万円という謎の単位に近いものを感じる。まあそれでも全然きにならないので普通に返事をしていたけれど。

そして5月、当然のように「飯田鯉のぼり」はおさえてくる。そうかと思えば「タキノコ!」とちょっと変化球を投げてきたりしていた。ちなみにこの頃はまだたきあんいう命名はされていない。名前がたくやなのでタケノコとあわさったものだと推察される。

そして6月には「飯田なめくじ」「飯田湿り気」と季節ネタではありつつもなかなかにして呼ぶ方もギリギリだろうというものが続いた。そんななかで一番酷かったのは「飯田汚物入れ」だ。ちょっとちょっと!季節関係なじゃないすか!と思わず突っ込んだが問題はそこではないとそのときは気にも留めていなかった。そう呼ばれてネガティブな感情はまったく抱いていなかったけど、いじめでありそうな展開だ。

もちろん仲はよかったので恨み節とかではないです。念のため。

そんななか唐突に、それはもう唐突に「お前、たきあんな!」といつになく決意を感じる命名をされたのだった。あとで話を聞いてみたらタイだかどこだかの環境ホラー?とかそんなものを映画で見たらしく、そのタイトルがタキアンだったらしい。ちなみに副題だかなんだかしらないがナンタワットアシラポッチャナグンという現地語が書き足されているらしい。タキアンは森の妖精らしいのでそのことかもしれない。映画の評価はとても低いらしい。見てないのでしらないのだけど。

そんなたきあんという呼び名、先輩に適当な発言によって名付けられた割には15年くらい僕の愛称になっているのだから先輩には感謝だ。

 

呼び名というのは個人が識別できればなんでもよいのかなという部分はあって、会社の部署内で部長、課長、主任などといっただけで特定のひとを指すことになる。

昔付き合っていた彼女が居酒屋でアルバイトをしていたのだけど、そこに支部長とよばれる中年の男性がいた。勤務歴は当然長い。ひともよく、僕も結構懐いていた人物だ。役職クラスのひとというのはそれなりに心の器が大きいのだろうと思っていたりしたのだが、ある日気になる情報を得た。

彼女の働く居酒屋の組織体系には「支部長」というポジションはないというのだ。じゃああのおじさん、なんなん?と当然なる。社歴の長い人物に確認してみたところ、昔そんなポジションがあったものの名残だという。挙句、いまおじさんはアルバイトであるとも。

完全にあだ名だ。支部長って思ってたけどもうシブチョーだ。記号のような呼称である。そのうち若い従業員なんかシブチョーのこと略しはじめシブって呼んでた。なんかもうシブっていうかシヴくらいフランクに。

本人はあまり気にしてなかったみたいなので結果としては関係は良好であったので良い思い出だ。

 

自分の話に戻るけれど、このまま歳を重ねていっても自分のことはたきあんと名乗っていくのだろう。子供が出来たら本名からではなく、たきあん成分を受け継いでいけたらよいなと思っている。