普遍と平熱

かつてけっこう本気バンドをやっていて、途中で透析が始まったひとの平熱くらいの温度感の話

おとしどころ

人工透析というものをざっくり説明すると、本来腎臓で体内に不要な要素をろ過するという役割を機械によってよって補うというものだ。

補うというか丸投げになるのだけど。

腎臓が完全に機能を果たさなくなると尿はまったく出なくなる。一滴たりともだ。

人工透析には毒素を抜き出すという事と同時に水分も除去する。

逆にいうと、便以外の排泄は一切ないため、摂取した水分、食物はそのまま体重加算となる。

健常者であれば24時間働き続けて毒素やら水分やらを体外に排泄しているものを週に3日、各4時間で処理しようとするわけだから、健常者と同じように振る舞うわけにはいかないのだ。

 

上記のようなことから好きなように飲み食いをすると体重が物理的な理由の部分ですぐに増える。

透析で一度に除去できる水分量はある程度きまっているので、(自分の場合は一度での透析で2.8kgまで)体重の管理をせねばならない。

平たくいうと飲食物の重量を意識しながら摂取することになるというわけだ。

 

となると、どういうことになるか。

一食の重みが増すというわけだ。

 

白米を200g食べても、白米とおかずを100gずつ食べても200g体重が増えるという事実には変わりはない。

だとすればおかずも白米も少しずつ食べたほうが満足感はあるのでは、と個人的に思うのである。

 

そんな状態であるので、外食に対するあたりはずれは最近ものすごく気にする。

はずれを引いてしまうというのは、昔の幽々白書の初期設定で幽助が一日に霊丸を5発までしか打てないのにそのうちの一発をしょうもない雑魚的相手に打ってしまうようなものだ。

 

僕はけっしてグルメではない。

むしろ大概のものは美味しいと思って食べる方だと自負している。それでもどうしても納得できない一食というのが時に発生するのだ。

 

例えば、妻とショッピングセンターのようなビルのバルのような店でハンバーグを食べようという話になったときのこと。

ハンバーグは好物なので喜びいさんで入店し、その店のオーソドックスなハンバーグをオーダー。

なんだかやたら時間がかかったのは覚えている。そしてサーブされてきたのは見た目も微妙、味も微妙、そしてなによりなんかぬるいハンバーグだった。

まずいとは思わなかったけれども、とにかく納得がいかないといった気持ちでいっぱいになったのであった。完全に無駄うちである。

 

またあるとき。今度は会社の昼休みの時間。

たまには普段と違う店に行ってみようと、ふらりと会社近所の街中華といった風情のお店に入った。

麻婆がけチャーハンというメニューがある。

麻婆もチャーハンも好きだし、そのときどっちも食べたいと思っていたので一挙両得とばかりに即オーダー。

テーブルに運ばれてきたそれは、見た目からして納得のいかないものだった。

チャーハンの具がどうみても冷凍のミックスベジタブルだったのだ。

いや、それでもと期待を捨てずに口に運んだところ、なんというかパンチ力のない味。

中華ってもっと口にいれた瞬間、ああおれ中華食ってんなーというパンチ力のある味であるべきだと思うのだ。それがまったくなかった。麻婆についてもやはり同様だった。

でも量だけは多かった。これはもう納得いかないというよりも悲しさすら感じた。

無駄うちしたうえに予定より体重増加になってしまうのだから。

 

上記のようなエピソードはたまに起きてしまう。その対策として何をするかというと、よほどでなければチェーン店を利用するということになる。

チェーン店は味も量も一度いった店であれば事前に把握しやすいし、調整しやすい。

そういった経緯もあって最近は職場付近で外食するときはココイチがガストしかいっていない。

なんだかんだいって満足しているのでよいのだけど。

 

透析をはじめてあまり悲観的になったことはないのだけど、この点は面倒だ。

でも、今の状態を続けていけば食に対して一家言ある人間になれるのかもしれない。

目指せ山岡とばかりにガスト、ココイチに足しげく通いたいと思う。